やりたいことを実現するには、周囲の人々を味方につけることが大事です。この連載では、研修・講演依頼があとをたたないスピーチコンサルタントの矢野香さんに、他者に好印象をもってもらうスキルについて聞いていきます。

選挙から真似できる3つのスキル

選挙カーからは「最後のお願い」というフレーズが頻繁に聞こえてきます。今回のテーマは「選挙運動に学ぶ自己アピールのコツ」。

私プレゼンとは、自分の良さやしたいことを人に伝え、ビジネス現場で力を発揮していこうというもの。これはまさに選挙です。マニフェストや公約を掲げて「自分はこれをやります。やらせてください。皆さんご賛同を」と言う立候補者の姿は、私プレゼンという視点で見ると、とても参考になるのです。選挙期間中は「うるさいな」と感じるでしょうが、よい勉強の機会だと思って過ごしてみてはいかがでしょうか。

なぜ選挙が私プレゼンに役立つのか。それは、立候補者は大勢の候補者の中から自分を選んでもらおうとしている人たちだからです。私たちも同じです。たとえば仕事を任されるとき。「この企画に女性の視点がほしいから」と言われ、女性なら誰でもいい、と何となく投げられる仕事よりも、「女性の視点もほしいし、なによりもあなたの意見がほしい」という指名を目指したいですよね。弊社がコンサルティングでお手伝いする例では、選挙の立候補者は、選挙演説をつくるために複数人でチームを組み、1年以上かけてトレーニングしています。ですから、よい見本であることは確か。よいところはどんどん盗んでいきましょう。

具体的に選挙から真似できるスキルは3つあります。1つ目は“名前の言い方”。選挙カーから聞こえる言葉に耳を傾けてみてください。「参議院議員候補、山田 花子です」……、名字と名前の間に必ずポーズ=間があります。「山田花子です、山田花子です」とつづけて言う人はいません。「山田 花子でございます」、あるいは「山田、山田、山田 花子です」と言います。また「山田です、山田です」と名字だけを言う人もいません。日本のビジネスシーンでは名字しか言わないことも多いのですが、やはりフルネームで言ったほうが相手に覚えてもらいやすいものです。私は勤務していた放送局で電話をとるときは「はい、アナウンス部、矢野香です」と言っていました。

さらに「もうわかったよ」というぐらい名前を連呼します。覚えてもらうためには、こんなふうに繰り返すことも大事。ビジネス現場でも会うたびに名前を繰り返し言ってほしいのです。初めてのときは当然、名刺交換しながら名乗ります。2回目は「こんにちは」と言って本題に入りますが、相手は心の中で「この人の名前なんだったっけ?」と一生懸命思い出そうとしているかもしれません。ですから、このときも名前を言う。3回目に会ったときもまず名乗る。これをどれぐらいつづけるかというと、相手から反応があるまで。「こんにちは、山田 花子です」と会うたびに言っていたら、何回目かに「いや、もう知っていますよ」と言われます。そうしたら、次からは言わなくてOKです。“名字と名前の間に間をおく”“フルネームで名乗る”“会うたびに自分の名前を言う”、これらが選挙から学べる1つ目のスキルです。

2つ目は“写真の使い方”。私たちは本人を見るより先にポスターを目にします。先に写真が出回るので、大切なのは本物とギャップがないようにつくること。女性の候補者にありがちなのが、とても美しい人物写真。ポスターのあとで本人を見て「あなたがあのポスターの人?」と言われるような写真があります。これはNGです。

私たちビジネスウーマンも、ポスターこそつくりませんが、フェイスブックやブログ、SNSで写真が出回っている方もいることでしょう。いいところしか写真で見せない人を、見ている人は無意識に「この人はうそつきだ」と思います。それは、何か仕事をしていくうえで、失敗を隠すとか、いいところしか報告しないとか、そういう人と思われる危険性をはらんでいるということ。つまり信頼性が落ちるのです。ですからビジネスウーマンであるなら、なるべくリアルとのギャップをなくすことが大事です。そこで、ぜひ試してほしいことは、SNSにどんな写真が出ているか把握すること。あまりにプライベートな写真が出ていないか、アプリで補整した美人すぎる自分が出ていないか、いま一度チェックしておくとよいですね。

3つ目のスキルは“キーフレーズの作り方”。選挙においては、各党・各候補者は“マニフェスト”として、自分の実現したいことを宣言します。そこには必ず覚えやすく短い“キーフレーズ”があります。私たちも自分の仕事に対する考え方をキーフレーズにまとめておきましょう。

自分は何をしたいのか、会社にどのように貢献できるのか、まずこれらを明確にして語ることが基本中の基本です。ありがちなのが、ビジョンは見えている、日々考えている、頑張っている、けれど、いざ口に出すとまとまらない……。これではチャンスを逃してしまいます。“エレベータートーク”という言葉をご存知でしょうか。これはエレベーターに乗っている30秒の間に自分を売り込むことです。たまたま社長と乗り合わせたというようなチャンスが来たときに、30秒で端的に売り込むにはキーフレーズが必要です。

大勢の候補者の中から自分を選んでもらうという行為は、私プレゼンと似ている

そして、このキーフレーズは、13文字以内にまとめましょう。たとえば安倍首相のキーフレーズは“ニッポン一億総活躍プラン”。12文字です。自分のしたいことを13文字以内の短いキーフレーズにすると、エレベータートークでチャンスをつかむことができるようになります。キーフレーズを口にして、相手が「何それ?」と興味を持ったら成功。この時点で中身はわからなくてもいい。言葉の響きからメリットが伝われば、くわしくはあとから話せばいいのです。

このキーフレーズの作り方は、3つのスキルの中でも選挙期間中に特に注目してほしいポイントです。女性の候補者なら「仕事と子育ての両立」「民間で経験したこの仕事を国政に」といったマニフェストを掲げている人がいるかもしれません。よいキーフレーズを使っている人がいたら、ぜひよい見本として私プレゼンに取り入れてみてください。

矢野 香
信頼を勝ち取る「正統派スピーチ」指導の第一人者。NHKキャスター歴17年。大学院で心理学の見地から「話をする人の印象形成」を研究し、修士号を取得。現在、国立大学の教員として研究を続けながら、政治家、経営者、上級管理職などに「信頼を勝ち取るスキル」を伝授。全国から研修・講演依頼があとをたたない。著書に『「きちんとしている」と言われる「話し方」の教科書』(プレジデント社)などがある。http://www.authenty.co.jp/