家族がいたって、ひとりの時間は大切なのです
旅行市場でこの10年、目立った伸びを見せるのは、家族旅行でも友人との旅でもなく、「おひとり旅」だ。
ある調査機関のデータでも、2004年から14年までの10年間で最も顕著に伸びたのは、「一人旅」。旅全体に占める構成比は15%以上、既婚や子持ちが多いはずの35~49歳女性に限っても、10年間で約1.7倍にも増えた。
「わが家では毎年、夏休みのうち2日間は、一人旅できるルール」と話すのは、関西の金融機関に勤めるA子さん(36)。
もともと底抜けに明るい性格だが、出産直後、いわゆる「産後うつ」になった。また、息子が4歳の夏、仕事中に過呼吸(過換気症候群)で倒れた。心配した夫が「子どもは僕がみるから、君は夏休みゆっくりしたら?」とポツリ。
そこで初めて参加したのが、クラブツーリズムが主催する「おひとり参加限定の旅」だ。このとき2日間、一人信州でのびのびと過ごした時間が忘れられず、夫に「来年もお願い」と交渉。2年後、今度は「女性の一人参加限定」と銘打たれた北欧ツアー(朝日旅行)に参加し、おひとり旅が病みつきになった。
都内のデザイン会社で働くB子さん(43)は2年前に出産。結婚前は大の“ホテルフリーク”だったが、妊娠がわかると出張は断るようになり、ホテル宿泊の機会もなくなった。すると、目に見えてストレスが溜まり、不眠症に。なんのために働くのか、わからなくなった。
そんなある日、偶然見つけたのが、ホテルの朝食プランだ。実は近年、宿泊せずにぶらりと立ち寄るだけで、セレブな朝食を楽しめるホテルが増えている。
4カ月前の朝、B子さんは思い切って午前休を取り、東京・目白のホテル椿山荘東京に出かけた。目当ては、セレブな朝食と、同ホテル庭園の豊かな緑。
流行りの「エッグズベネディクト」は、単品(2000円/以下、価格は税込み・サービス料別)でも注文できたが、「せっかくだから」と「プレミアムブレックファースト」(5200円)をオーダー。すると目の前で、優雅に黒トリュフを削ってのせてもらえた。極上の時間だった。
以来、「つらいことがあっても、またいつかホテルで『おひとり朝食』できると思うと、頑張れます」とB子さん。
ホテル椿山荘東京・マーケティング課の眞田あゆみ氏も、「最近、『泊まらなくても朝食を取れますか?』とお越しの30~40歳代の女性を目にします」とのこと。B子さん同様、朝のわずかな時間に癒やされ、英気を養おうとするのだろう。
国内最高峰ホテルの一つとされるザ・リッツ・カールトン大阪の1階レストラン(イタリアン)も、宿泊せず朝食をとるためにだけ立ち寄る女性ファンが少なくない。
「おひとりで朝食をとる女性には、窓際の朝日の差し込むお席が人気です」と、広報担当の津田みな美氏。キャリアウーマンらしき30~50歳代女性のリピーターが目立ち、多くはお気に入りのメニューを“短時間で”味わうという。
そう、現代の働く女性にとって、時間は貴重。宿泊や夜の食事は無理でも、朝食だけならちょっとした隙間時間に楽しめる。つかの間とはいえ、そこで優雅な食やサービスに接し、「頑張ろう」とポジティブな自分になれるのだろう。
欧米では、いま「サードプレイス」という言葉が話題だ。家とも職場とも違う「第三の居場所」の意味で、そこがあってこそ人は前向きになり、仕事も私生活も充実する、という考え方である。
仕事に家事に育児に、と忙しい女性だからこそ、1カ月に1度、年に数回でも、「おひとり旅」や「おひとり朝食」を味わうことで、きっと元気になれる。そこに、ビジネスチャンスもあるのだ。