女性がほんとうに働きやすい会社とは、どんな環境を整えている会社でしょうか。「日本一働きやすい会社」を標榜するアルヒの浜田宏社長に聞きました。
女性が働きながら生活するには未成熟な社会
現在は採用難だといわれています。当社でもこれまで人を募集しても、定員に対して常に7割程度の応募しかありませんでした。ところがホームページを刷新し、そこで私が「日本一働きやすい会社にしたい」という理念を語ったところ、10人の募集に対し1カ月で700人もの応募が来たのです。
当社は地味な住宅ローンの会社で、募集職種は事務。大事な仕事ですが、華やかとは言いがたい。はっきりいって給料もそれほど高いわけではありません。また社名を「SBIモーゲージ」から「アルヒ」に変えたばかりで、SBIというブランド名が消えた状態でした。にもかかわらず、ひたすら真面目に「日本一働きやすい会社にしたい」と語っただけで、立派な経歴の人がたくさん応募してくださる。この事実に驚いてしまいました。
世の中が変わりつつあるのでしょう。会社の規模や報酬、知名度などで職選びをする人は確実に減っている。それより、「ゆっくりと落ち着いて仕事をして、着実に成長していきたい」「ワークライフバランスを大事にしたい」という人が増えたのだと思います。
もちろんお金も幸せの一つだし、仕事がガンガンできるということも幸せの一つです。しかし私は、会社が女性の置かれた特殊な環境を考慮し、彼女たちの幸せを本気で考えて職場をつくるべきだと思っています。
日本人女性が置かれた特殊な環境とは、いまだに男は仕事、女は家で家事育児に専念するものだという意識が強いことです。これは何百年も続いた文化の名残なので、誰がいけないということではないのですが、その中で働く女性にはさまざまな重圧がのしかかっています。「子どもが小さいのに、なんであなたは働いているの」と義父母だけでなく、自分の親からも言われる。夫はいいと言っているのに、社会からそのように見られてしまうのです。
会社で働いていても、「お子さんがインフルエンザになりました。すぐ迎えに来てください」と電話がかかってくる。するとどんなに忙しい時期でも、「ごめんなさい」と抜けるしかない。そして女性の同僚からは、「いいわよね、子どもがいる人は」などと陰口を叩かれてしまう。
つまり私たちの社会は、女性が働きながら家を持つ、家族をつくるということに関して、まだ非常に未成熟なのです。多くの会社の幹部は99%が男。女性の職場は経理や広報が多いでしょう。ですから私は少なくとも当社だけでも、いろいろな困難に面している女性がほんとうに働きやすくて幸せになれる職場をつくろうと思っています。
そのために私が何をしたかというと、まずは思い切った時短です。一例として午前10時半から午後4時半までの時短の場合、それをさらに前後1時間縮めて、11時半出社でもOK、3時半退社でもOKとしました。
制度だけ変えればすむわけではない
さらに日本は女性だけでなく高齢者の活用も遅れています。現在当社の正社員の定年は60歳ですが、そのあとも契約社員としてずっと働いてもらいたいので、そのときの定年は99歳にしようと思っています。現在、当社には70歳以上の方が4人いて、いちばん上の方が74歳。「早く80代の人が来ないかな」と思っているところです。
ただし、日本一働きやすい会社をつくるには、制度だけ変えればすむわけではありません。自由自在に休みをとれるようにするには、社内の仕事を“見える化”しなければいけない。つまり仕事を個人の職人芸にしてはダメなのです。仕事の内容が一人一人の職人芸になっていると、「その人がいないと仕事が回らない」ということになる。しかし内心では誰しも職人芸にしておきたい。自分の地位を守りたいからです。それを「まあまあ」と心を開かせて“見える化”し、休んでもすぐほかの人に仕事を回せるようにする。あるいはほかの人から仕事を回されても、すぐに自分もこなせるようにする必要があります。
また意識改革も必要です。正当な会社の制度を使っているのに、休んだり早く帰ったりすることに罪悪感を感じるという人は少なくありません。この罪の意識をなくす必要がある。まだまだ途中ですが、経営者が強いリーダーシップをもって呼びかけていけば、いずれ浸透することは間違いありません。
当社は住宅ローンの会社で、これから「住生活プロデュース業」を始める予定です。これはお客様が家を探す段階から、家を買ってローンでお金を払う35年ぐらいのあいだ、必要に応じて融資をしたり、各種サービスや物品が5%から10%安くなるようなお客様の会員組織をつくったりするというものです。うちでお金を借りてくださった方とは、その方が家を手放すまで、一生付き添いたいと思っているのです。ということは、われわれは一人のお客様と40年近いお付き合いをすることになります。それにはうちの社員も末永く働いてもらい、お客様とともに年を取っていくようにしなければいけない。
かつて当社は退職率が20%もありました。20%ということは、5年で全員が入れ替わることになります。そんないつ辞めるかわからないような会社では、お客様のために末永いサービスを考えていこうとは思わないでしょう。それなら安定して末永く働いてもらおうと考えたのです。かといって、ぶら下がり社員じゃ困る。いきいきと長く働いてもらえるようにしたい。
また住宅ローンの手続きは、世の中の消費行動の中で、最もたくさんの書類を必要とするものだと思います。ローンの申し込みだけでなく、生命保険、銀行、不動産会社の書類に始まり、納税証明書や住民票など、山のように書類があり、事務上のミスが許されません。しかし社員の退職率が低ければミスが少なくなります。ミスが少ないとローンの審査のスピードが速い。お客様に早く融資ができて、お客様はうれしい。それから不動産業者との関係も、しょっちゅう担当者が替わっていたら付き合いが続かないから営業力も落ちる。よいことは一つもありません。
素晴らしい成績を上げるスーパースターはいらない
私は、こういう仕事を成功させるために、働きやすい職場でないと人がいてくれないから、そういう会社にしようと思っているだけです。そして、この1年で退職率も半分以下に下がりました。2016年、それをさらに半分にしようと思っています。
このような会社では、人の評価基準も変わってきます。いままでの会社では、「ほかの人ができないような難しい仕事ができる社員」を高く評価してきたでしょう。しかし当社では、チームワークをつくれる人を評価します。
すでに述べたように、住宅ローンの契約には複雑な手続きが必要です。分厚い書類の束があちこちの部署を行き来し、その説明図だけでも数センチの厚みがあるほどです。銀行法と貸金業法の厳しい決まりを守りながら、着実に進めていかなければいけない仕事ですから、そもそもスーパースター一人で片づけられる仕事ではないのです。
逆に言うと、同僚を蹴落としてでも素晴らしい成績を上げるスーパースターはいりません。 みんなが帰っているのに一人だけ残って仕事をして、人の何倍もの成果を上げる人もいりません。 なぜならそういう人がいると、周囲が、「やっぱりああいう人じゃないと出世できないのかしら」「あの人が残っていると、帰りづらいな」と思って、結局元に戻ってしまうからです。
私が理想としているのは、2015年のラグビーワールドカップの日本-南アフリカ戦で、最後の10分で日本チームが見せたような団結力です。絶対に球を落とすものかという執念で、パスをつないでつないで最後にトライしたからこそ強豪の南アフリカに勝てた。われわれの仕事も同じです。自分のエゴを前面に押し出すのではなくて、チームとして勝つことを第一優先にします。
もう一つ、私が変えたいと思っているのは、「管理職になったら勝ち組で、なれなかったら負け組」というような、日本の変な出世競争をなくすこと。将来的にはキャリアコースも、スペシャリストコースとマネジメントコースに分けていこうと思っています。途中で自分の向き不向きに気づいたり、家庭の事情などで働き方を変えたいと思ったら、コースを変えても構わない。このように働き方を変えていくことで、会社も社員も、お互いがハッピーになれるのではないでしょうか。
▼浜田宏社長の5大改革
1. 99歳定年制
顧客のために末永いサービスを
2. 出世競争をなくす
スぺシャリストコースとマネジメントコースを行き来できるように
3. 仕事の見える化
いつでも誰でも仕事が回せるように
4. チームとして勝つ
スーパースターは不要
5. 思い切った時短
11時半出社、3時半退社でもOK
東京都出身。早稲田大学卒業後、山下新日本汽船(現・商船三井)、アリコ・ジャパン(現・メットライフ)を経て、サンダーバード国際経営大学院でMBAを取得。デルコンピュータ(現・デル)に入社し、日本法人社長、米国本社副社長などを務める。その後、リヴァンプ代表パートナー、HOYAのCOOを経て2015年5月より現職。