買収した企業の再生を次々と請け負う伊藤さんは、乗り込んだときは一人でも、やがて同士を増やしていきながら黒字転換を果たしてきた。一度、再生を果たした企業を買収される立場になったとき感じたことは。

「明日から社長で!」

人事の仕事は1年弱という短い間でした。と言うのも、買収した企業の再建を担うことになったからです。社長室に異動してから半年が過ぎた頃でしょうか、会社として初めてM&Aにチャレンジすることになりました。銀行から紹介された話で、思いのほかうまく再建でき、すると次の案件、さらに次の案件と持ち込まれるようになったのです。

NOVA社長 伊藤幸子さん

その一つが、「キャッツカフェ」という東海地方ではわりと名の知れたカフェレストランでした。でっかいパフェが有名で、ピッチャーやバケツにパフェが入ってるんです。27歳になったタイミングで、その再生を任されました。稲吉から「グループ入りすることになったから明日から社長で行って」と。まったく経営のことも知らないのに、突然、カフェレストランの社長になることになりました。学生時代に友だちとパフェを食べに行ったキャッツカフェの社長になるとは思いもよりませんでした。

黒字転換するためには、経費に手を付ける必要があります。たとえば計算上、これくらいの人数でシフトを回さないといけないという数字があります。私もユニフォームを着てお店に立ちました。でも机上の計算ではうまくいかないことも。少し暇になってきた時間帯に「もう帰っていいよ」とアルバイトを帰したら、店長が「今帰したら大変なことになりますよ」と慌て、その後お客様がどっと来ててんやわんやになったこともあります。

そんな失敗を繰り返しながらの体当たり経営です。

M&Aって毎回思うんですけど、最初はすごくアウェイなんですよ。「ひとりぼっちオーナー」みたいな(笑)。でも、少しずつ話をわかってくれる人が出てきて、賛同してくれる人も増えてくるという感じです。もちろん新しい方針に合わなくて辞めていく人もいます。そこを新しいスタッフで埋めながら少しずつチームになっていきます。

最初は畑の違う者同士、ぶつかり合いながらもだんだんきずなが生まれてきて最後は仲間になっていく。そんな経験をしたこの時期は、私のキャリアの中でも一番大事な時期です。

買収されるほうの気持ちも分かった

キャッツカフェの社長をやりながら、やはりM&Aで経営することになった味噌田楽のお店や、ちゃんこ料理店の再建にも携わりました。そこにベーカリーショップの「モンタボー」が加わり、キャッツカフェと合わせて「スイートスタイル」という会社にし、社長を務めました。

手放せない仕事道具:愛用の手帳はA5サイズ。WISHリストには、8年越しのものも。

どんどん外食企業のM&Aをしてきましたから、そのころグループは外食も塾も1000店舗以上という数になっていました。ところがリーマンショックで外食産業も非常に厳しい時期を迎えます。そんなタイミングでNOVAを買収する話が来ましたから、財務上やむなく初めて会社を売却することになったのです。売却の対象になったのが、業績が好調だったスイートスタイルでした。

売却の相手は商社系ファンド。私は業務を引き継ぐため、入社して初めて自分の会社を離れ、売却先の会社に社長として半年間ほど出向することになりました。相手は外食店を買収・運営されるのが初めての経験だったこともあり、こちらの言うことに耳を傾けてもらえたと思います。キャッツカフェで私が失敗したように、現場に入ってみないと理想と現実のギャップはわかりません。

スイートスタイルの売却はすごくいい経験になりました。今まで買収するほうの立場しか知りませんでしたから。ちょっと辛いなとか悔しいなとか、買収される側の気持ちも理解できたと思います。M&Aの引き継ぎ作業が一段落したとき、稲吉から「どこに戻りたい」と聞かれました。希望を尋ねられることは入社して初めてのこと。希望通り教育の世界に戻してもらい、NOVAの受け入れ先となるジー・エデュケーション副社長となりました。

TODOよりもWANTを大事に

最初は元々の塾の事業に携わっていたのですが、やはりNOVA買収のインパクトが大きく、やることがたくさんあったので、そちらに移り、社長となったわけです。

伊藤さんのストレス発散法:毎日、寝る前にダウンタウンのDVDを見る

2020年に東京オリンピックの開催を控え、これから先の英語教育は大きく変わっていくのだろうと思います。当社は今年から「Concept NOVA」の展開を始めました。英会話をライフスタイルの一環として学ぶ昨今の女性に合わせ、「英会話教室」から「英会話サロン」にイメージ転換を図った教室です。教室ごとにインテリアを変え、雰囲気を楽しみながら英会話が学べます。目標は500店舗です。

NOVAが拡大期に入った今、社員には「WANT」を持ってほしいと話しています。TODOリストのように、指示されたことをしっかりやるというのも大切ですが、それだけでは魂のこもった教室や会社になりません。だから日報には必ず未来に向けて自分がやりたいことを書いてほしいと伝えているのです。社員がWANTを持って、楽しみながら仕事をしてくれたらいいなと思いますね。

●伊藤さんのキャリア年表

2000年(22歳) ジー・エデュケーションに入社
2002年(24歳) 居酒屋店長に
2003年(25歳) 本社に戻り、企画課長
2004年(26歳) 社長室長兼人事責任者に
2005年(27歳) キャッツカフェ社長
2006年(28歳) スイートスタイル社長
2007年(30歳) スイートスタイルを売却
2008年(31歳) ジー・エデュケーション副社長
2013年(36歳) NOVA代表