「この会社の評判はどうですか?」
「保活」をする親から、保育園等の運営事業者について、こんな質問を受けることがあります。難しい質問です。よい保育事業者とは、どんな事業者なのでしょう。
施設長・職員が左右する保育の質
民間の保育事業者(社会福祉法人、会社、NPO、学校法人等)には、施設を1カ所だけ運営している事業者もあれば、何十カ所もの系列園を運営する事業者もあります。
1か所だけのところは、法人の質=施設の質ですが、複数運営するところではいろいろなケースがあります。あまりよくない評判を聞いた施設の系列園でよい評判を聞くこともあります。これは、そこに配置された人材の質の差にほかなりません。つまり保育の質は、事業者によってというよりも、施設によって違うということです。
施設長がしっかりした保育の理念をもち、そのリーダーシップによって保育士やその他の職員が支え、また職員も専門性や意欲、つまり「保育のマインド」をもって取り組んでいる園は、一定の保育の質を確保できています。
どんなに設備等が充実していても、保育のマニュアルが詳細につくられていても、施設長や職員に「保育のマインド」がないと、いい保育はできません。「保育のマインド」というのは、子どもに向き合い、理解し、愛着関係を結び、子どもが園で日々生き生きと過ごしながら発達が促されるためには何が必要か、夢中で考えることができる「子ども中心」のマインドのことです。
私は仕事でたくさんの保育園を視察していますが、素晴らしいなあと思った園には、必ずこのマインドがあり、園の中で起こるさまざまなこと、保護者との関係についても、「子どものためにどうすることが望ましいか」という話し合いがもたれていました。特に、施設長がしっかりしている園は、職員が若くても、このマインドを発揮できていると感じることが多くありました。
よい人材を支えるのは事業者
ただし、「保育のマインド」を高く保ち続けるためには、ある程度の施設・設備が整うことも必要です。物理的な環境が悪いと、保育士の負担は重くなり、保育の質を高めようと努力することに疲れてしまうからです。
また、賃金などの処遇が悪いと職員が定着しません。バラバラの職員集団では、「保育のマインド」は育まれません。新米ばかりで施設長の指導力がないと、チームワークができず、一人ひとりの負担が重くなり、退職率が高まり、さらにチームワークが崩れて行くという悪循環にも陥ります。そんな施設では研修を受けるゆとりも失われていたりします。
では、施設・設備への投資や、職員の待遇を決めているのは誰かというと、事業者です。つまり、確かに、個々の施設の質は人材によって決まるけれども、長期的に見れば、事業者の姿勢が施設の人材のありようを左右するというわけです。
数だけ合わせる人の動かし方ではダメ
待機児童が多い地域では、事業拡大意欲が旺盛な株式会社などの事業者によって待機児童対策が進んでいる地域も多いと思います。
ただし、急拡大する事業者の中には、「保育のマインド」を育むことに無頓着になってしまっている事業者もいます。たとえば、こんなやり方では、一つひとつの施設の質は上がりません。
・施設長が1年で異動することが普通に行われている
・保育士が日々系列施設間を移動している(足りない店舗にバイトを動かす飲食店方式)
・クラス担任にもパート保育士を充てている
このような人の動かし方をすると、「保育のマインド」を共有する職員集団がつくれないばかりか、保育士と子どもとの安定した関係もできないため、子どもにとって「つらい」保育になります。保育士としても、子どもの育ちを継続的に見つめて保育を計画的に考えることができないので、やりがいが感じられにくくなります。そして、子ども一人ひとりを細やかに見ることが難しくなれば、事故が起こる確率も高まります。
事業者の保育の考え方が重要
このように、現場の保育は、事業者の「保育のマインド」への理解度と、それに応じたお金のかけ方に左右されます。
事業者は、国や自治体から公費を受けて施設を運営していますが、それをどのように運用するかは事業者次第です。保育士の処遇改善が叫ばれ、今後徐々に処遇改善のための公費の上乗せがされる見通しですが、事業者がそれをどれだけ職員の賃金等に反映するかは、事業者の考え方によります。
「保育のマインド」をもり立てるには、処遇改善によってモチベーションを高めるとともに、事業者が保育の何たるかを理解している必要があります。子どもの発達過程に合わない早期教育などを売り物にしている事業者の施設では、現場の保育士は矛盾を感じながら子どもに無理をさせなくてはならず、苦労しているようすが見受けられます。事業者の経営幹部も保育所保育指針が説く就学前教育の意図を理解することが必要だと思います。
保護者の視線が事業者を変える
保護者が事業者の質を見抜くのは難しいと思います。ひとつ言えることは、パンフレットやホームページなど事業者のPRに惑わされず、現場の「保育のマインド」を見ようとすることが大切だということ。
入園後も、保護者と保育者の関係では、このことがとても大切になります。わが子を理解しようとする保育の姿勢に、保護者は強く支えられます。
保護者が「保育のマインド」を重視して選べるようになれば、事業者もそこで競い合うでしょう。今は保育施設を選べないような状況ですが、保護者の視線も事業者の姿勢に影響を与えると思います。
保育士も事業者を選ぶ時代
新卒の保育士が、初めて就職した保育施設でこりて、保育士の仕事そのものをやめてしまうケースも多いと聞きます。とても残念です。
法人の規模や初任給の高さ、研修メニューに目を奪われて入ってみたら、とんでもなかったという話も聞きます。初任給は高くても基本給が安かったりボーナスがない場合もあります。
これから就職する保育士には、事業者をしっかり選んでほしいと思います。
保護者や保育士が「子どものためにいいこと」を求めていくことが、事業者の努力を促し、質のいい保育をふやしていくのではないかと私は考えています。
1956年、兵庫県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。出版社勤務を経てフリーランスライターに。93年より「保育園を考える親の会」代表(http://www.eqg.org/oyanokai/)。出版社勤務当時は自身も2人の子どもを保育園などに預けて働く。現在は、国や自治体の保育関係の委員、大学講師も務める。著書に『共働き子育て入門』『共働き子育てを成功させる5つの鉄則』(ともに集英社)、保育園を考える親の会編で『働くママ&パパの子育て110の知恵』(医学通信社)、『はじめての保育園』(主婦と生活社)、『「小1のカベ」に勝つ』(実務教育出版)ほか多数。