元アナウンサーの妻、小林麻央さんががんで闘病中だと会見した市川海老蔵さん。あの会見で、あなたは誰に感情移入し、何を感じたろうか?

海老蔵が見せた「男の成長」に世間が驚いた

登場人物は3人だ。梨園の妻、幸せな一家の一員という立場に退く人生を選んでがんに倒れた妹。「ぶりっ子」キャラで矢面に立ちつづけて過労で倒れた、責任感の強い未婚の姉。そして過去には酒と女の武勇伝に事欠かなかったボンボンだが、妻の闘病を支え続けて男っぷりを上げたと大評判の歌舞伎役者。誰もが知らなかったあの1年8カ月のストーリーを知って、あなたは何を思っただろうか。誰に感情移入し、誰に何を感じただろうか。それとも茶番だと鼻で笑っただろうか。

6月9日、スポーツ紙のスクープを受けて、市川海老蔵さんが妻・小林麻央さんの乳がん闘病を告白した記者会見の様子には、その話の衝撃性だけが理由ではない、思わず引き込まれる空気があった。「海老蔵って、こんなに決然としたいい男だったっけ?」。酒席を主とした不穏当な言動や、さまざまな美女たちとの浮名、婚外子の存在、新婚時代に起こした西麻布の負傷事件などなど……。非常に魅力的な男性なのであろうが、それまでの彼には「ヤンチャで厄介なモテ男」という印象ばかりが個人的には強かった。

歌舞伎役者・市川海老蔵さんのFacebookページ

妻のフリーアナウンサー・小林麻央さんの進行性の乳がん発見後、周囲には箝口令を敷いてその闘病、入院生活を支えてきたという。娘は4歳、息子は1歳という幼さで、日々困難でないわけがない。夫婦双方の母や、麻央さんの姉であるフリーアナウンサー・小林麻耶さんも含めごく身内の家族のみで協力して育ててきた。麻央さんの闘病が決して容易なものではないだけに、妻の回復の願掛けとして、6月1日には一家と縁の深い成田山で出家の儀式まで受けた。当時、妻の闘病を世間には伏せながら、「心身ともに私自身変化したいという強い気持ちから」との海老蔵さんの言葉に、旧交のある瀬戸内寂聴さんは「『あのヤンチャだった海老蔵がそこまできたか』と感慨深かった」と語ったという。

男も女も、人は役割を与えられると育つ

幼い子どもたちを抱えた一家の母ががんに倒れたというニュースに、家族の辛さを思うと心が苦しくなる。だが少なくとも報道される範囲では、子どもたちが家族に囲まれて幸せそうに育ち、お目見得なる大舞台も果たしていく。

大小の山をいくつも越え、妻の病状を伝える会見で見た、海老蔵さんのくっきりとした視線、明瞭で揺らぎのない口調、軸の定まった姿勢に、「あぁ、人は役割を与えられると、こんなにも成長するのだ」と驚きがあった。父として、夫として、職業人としての役割と責任。夜ごと酒を飲んで六本木や西麻布界隈でフラフラ騒いでいるようなトシじゃない。海老蔵さんは38歳、姉の小林麻耶さんは36歳、妹の麻央さんは33歳だ。芸能メディアを騒がせていた彼らはもう、そんな年齢になったのか。

「ぶりっ子キャラ」を逆手に取り、1月に『ブリカマぶるーす』をリリースしてCDデビューした姉・小林麻耶さん。しかし彼女はどこまでも人の期待に添おうと努力し、責任感が強い“長女気質”の女性なのだと思う。

5月中旬に過労で緊急搬送され、長期休養が発表されていた姉の小林麻耶さんも、最も大きな原因は妹の闘病を支える生活の心労だという。今年初めには『ブリカマぶるーす』なる曲でCDデビューし、2月のテレビ朝日『しくじり先生』で「度重なる転校生活で培った八方美人の性格で嫌われた」と告白した頃、番組中に突然涙ぐむことが多発し、パニック障害ではないかと噂されていたらしい。他にも、“子宮系スピリチュアル”なる活動への傾倒や、結婚恐怖症による不安定など、「痛い、イタい」と言われ放題だった。こうして「イタい」キャラクターを被って世間の視線を自分へ向け矢面に立つ、その背は妹一家をかばっていたのだろうか。彼女は、人の期待に添おうと努力し、どこまでも責任感が強い、姉ならではのメンタルを持った女性なのだと痛感させられる。

小林麻央さんの、梨園の妻として表舞台を退いた選択にも、感じるものがある。麻央さんもまた、さまざまな葛藤や取捨選択を経て、一つの役割を全うする道を選んでいたのだ。みんな、何て真面目に、一生懸命に生きているんだろう。大人になるとは、「言い訳を封じて堂々と選び取っていく作業」なのかもしれない、と思う。そして、いま30代や40代で様々な人生の岐路に立っている私たちも、それは同じだ。

腹が決まった元・ヤンチャ男の強さ

市川海老蔵さんのブログ(写真は篠山紀信氏)

海老蔵さんは、どうやらこれまでたくさん敵を作ってきたらしい。あの記者会見で一気に株を上げた彼だが、それでも気に入らない人々は、彼の若く無思慮な言動を掘り起こしては、株を下げようと躍起になる。そんな中で「何とか無理矢理褒めると、海老蔵は少なくとも卑怯なタイプではない」というネット上の言葉を見つけた。

瀬戸内寂聴さんは海老蔵さんの出家に際して「常に仏様が見守っているわけですから、もう悪いことはできない」との言葉を贈った。若い頃に散々しでかしてきた人間は、腹が決まると強いものだ。「深刻だという話で、ご理解いただきたい」。妻の病状について、それ以上を語らない海老蔵さん。彼がいま全身全霊で守る一家に、心穏やかな季節が来るのを祈っている。

河崎環(かわさき・たまき)
フリーライター/コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川育ち。乙女座B型。執筆歴15年。分野は教育・子育て、グローバル政治経済、デザインその他の雑食性。 Webメディア、新聞雑誌、テレビ・ラジオなどにて執筆・出演多数、政府広報誌や行政白書にも参加する。好物は美味いものと美しいもの、刺さる言葉の数々。悩みは加齢に伴うオッサン化問題。