「崖っぷちアラサー女子の婚活」的なフレーズをよく見かけるが、アラサーなど崖っぷちでもなんでもない、本当に崖っぷちなのはアラフォーだ、と河崎さんは指摘する。そもそも「崖」とは何なのか?

「崖っぷち」の“崖”の正体

「何を、アラサー程度でガタガタと……」

当方、今年43歳。マンガ『東京タラレバ娘』のヒット以来だろうか。昨今増えている「崖っぷちアラサー女子の婚活」的なフレーズを見るたびに、もはや“アラのつかないフォー”、あるいは“アラを付けると怒られるフォー”、正真正銘の40代である私はげんなりしていた。「女のアラサーなんて十分需要があるわい。自分たちで言うほど、崖っぷちでもないっつーの」。

30歳前後であれば、せいぜい崖まであと半マイル、ってところでしょう。そういうのは、実際に崖下をのぞき込んでみてから言ってよね。っていうか、崖の正体が何なのか、ご存知? 崖に近づくのを「キャー怖い!」と言いながら、人に同行してもらうか、ハイスペックな王子がひらりと手を取ってくれるのを待ってるようじゃあ(ちなみに王子様は来ないけどね)、まだ先は長いし、どこか余裕があるわけよ。……そんなことを思いながら、記憶力補助、肝機能支援、シミソバカス退治やコラーゲン、その他秘密の効果のサプリをザラザラごっくんとミネラルウォーターで飲みくだす。おお、今日は腰痛も幾分マシなようだ。肩も上がる。よし、今日もどうにか生きていけそうだ。

私を含む団塊ジュニア(今年45歳から42歳になる、第2次ベビーブーム生まれで、団塊世代に次ぐ人口規模の中でひたすら互いに競争し続ける人生を歩んできた人々)は、もう崖から足を滑らせている。絶壁から突き出る枝にかろうじてつかまりながら、峡谷の世界から吹き上げる風、すなわち更年期の予感を嗅いで覚悟を決めている。アラフィフともなればもうどっぷり更年期で、峡谷の世界の新入り住人だ。これまでに鍛えた美意識と年齢相応の財力で小綺麗に整えた部屋に引きこもり、健康法と趣味の世界に生きている。

ここまで読んでくれたあなたに、“崖”の正体を教えよう。それは、卵子カウンターがゼロになる時である。

崖の前で右往左往する、30代後半のアラフォー女たち

いま本当の崖っぷちにいるのは、間違いなくアラフォー世代の女たちである。すでに足を滑らせて落ちていった団塊ジュニア同様に、キャリアはどうするの、結婚するのしないの、産むの産まないの、「進まなきゃ」「でも」「怖い」「でも」と言い続け、「どうしたらいいの」とスピリチュアルに助けを求める。あげく世の中のせいにして社会派に目覚めているうちに、「背中を押してあげようか」「話を聞こうか」と助けてくれる親切な皆さんは「なんだ、狼少女(ババア)か」とさじを投げて立ち去っていった。峡谷を覗き込めば、ただ、体がすくむ。

アラフォー女に近づいてくるのは、甘言を弄して肉体と時間の搾取を企む不倫オヤジか、30代の“お姉さん”にビジネス研修や自己啓発の延長くらいの意識で興味を持つボクたち。思い描いていたようなハイスペック王子は来ない。っていうか生身の現世にそんな相手はハナから存在しない。男も女もお互い様、リアル世間はもっとベトベトでブヨブヨで臭くてネバネバでダメダメなものよ。知ってる、分かってる、でも、体が動かない。

前へ進む意思のある他のアラフォー女たちは、体力が残るうちに上の世代の屍を踏んでさっさと前進した。王子様じゃない現実の男と結婚するのでも、最後の断末魔でとにかくどうにかして産むのでも、なんでも。でも自分には、「これだ」と自分が人生の舵を切るための、納得できる理由も、雷に打たれるような出会いも見つからない。

……いや、だからね。アラフォーにもなって雷に打たれるような出会いがないと動けないなんてのが、そもそも体が動かない理由ですよね、多分。で、それってなぜなんでしょうね?

“30代が躊躇している間に、20代が走り出す”理由

アラフォーや30代の女たちが崖の手前で右往左往する様子を後ろから見て、早婚志向を持つ20代がキャリアを継続しながらどんどん結婚し、出産しているのだと指摘する、人気ブロガー“トイアンナ”さんのブログエントリが大評判だ(参考:『もしかして少子化問題って10年後には解決してるんじゃないの?非婚が進む30代と早婚志向な20代の溝』)。

“今の20代は年上世代の悲劇を後ろから見ている。半数の企業で総合職女性が10年残らないことも、管理職への出世や結婚がままならないことも。(中略)せめて仕事での成功か結婚のうち2つに1つは欲しい。でも先輩を見ている限りはどちらも手に入りそうにない。だったら結婚くらい先にしておかなくちゃ……というのが20代のマインドセットではないか。
対して30代はもう少し悠長である。社会から『一人前』と認められたいけれど、それ以上に遊べなくなったり、妥協してまで相手を選びたくない。”

30代女性の非婚が進む。これを読んで同世代男性や、同世代既婚女性の中には「ざまあみろ」と快哉を叫ぶ者がいるだろうと思った。30代キャリア女性だかアラフォーだか、可愛くないんだよ、と。仕事で頑張ったってたかが知れてるのにお高くとまって、でももうあんたに需要なんかないんだよ、と。

500人以上の人生相談を受けたというトイアンナさんによる「もしかして少子化問題って10年後には解決してるんじゃないの?非婚が進む30代と早婚志向な20代の溝」というブログエントリは大きな反響を呼んだ。

今の30代は超・就職氷河期経験者

お高くとまってなんかいない。でも、そう見えてしまうくらい仕事にこだわり、完成度を追求してしまうのは、彼女たちが就職活動で経験した氷河期のせいなのだろうと思う。「超就職氷河期」と言われた2003年の谷を経験した女子学生たちは、今年まさに36歳になる。嫌という程断られつづけ、自分という人間を欲しいと言ってもらえず、全否定される経験をした世代だ。

その谷よりは手前で就職できた30代後半女性も、後輩となる新卒採用がなくなり、自分は職場の「万年新人」として企業経済がどんどん痩せ細っていくのを、多感な若手時代に間近で見てきた。だから、仕事をしていられる、稼いでいられる状態を手放すなんてことは考えられない。それは「怖いこと」なのだ。ようやくキャリア上の安定へと漕ぎ着けたのに、結婚や出産で、相手の考え方や状況次第では働き続けられなくなるかもしれない、そんな不確定要素が怖くて嫌なのだ。だから「妥協したくない」のだ。

アラフォーは悠長なのではなく、不自由なのではないか。ずっと寒い部屋にいると体が冷え切って動かなくなるように、彼女たちはいざという時のために体力を温存しようとじっとしているうちに、いつしか動けなくなってしまったのではないか。そして景気が回復して後からやってきた世代や、あの氷河期をすっかり忘れたように振る舞う人々に「なぜ結婚しないのか、産まないのか、もうお前に需要なんかないぞ」と後ろ指を指され、責められているように感じてしまうのではないか。

一方、20代女性は、自分の人生が1人で完結するとは毛頭思っていない、思えないという社会状況がある。男女が同じように働き、稼ぐのは当たり前。夫婦どちらかが大きく稼いでどちらかが専業主婦/主夫になるなんて設定こそ夢物語だと思っている。1馬力で1000万稼ぐのではなく、500万ずつ2馬力で寄せ合って暮らすのが人生設計だ。そう考えたら結婚するのは当然のこと、いずれ子どもを持つのなら、キャリアの取り戻しが利くように早いうちがいい。それゆえの早婚志向なのだ。

既に崖から足を滑らせた世代から、崖っぷちアラフォーへ

学生時代、男子も女子も就職するのが当たり前と教えられてきた。でも、どんなにこちらが恋い焦がれようとも、採用の門は狭く、欲しいと言ってもらえなかった。だからせっかく手にした今の仕事を手放したくない――ひょっとすると、今のアラフォー以下30代女性とは、現時点で日本史上最高にキャリアへのこだわりが強くならざるを得ない世代なのかもしれない。

だが女は、望むと望むまいと、卵子の枯渇という肉体的な絶対の現実を前にして、自己査定のやり直し、「性別:女」としての仕切り直しを迫られる。これは“社会的に刷り込まれた価値観”とかなんとかの問題ではない、肉体的な現実だ。年を取れば現実に体は変わり、精神が、思考が、その影響を受ける。先達の女性たちも、皆その道に分け入ったのだ。「産めなくなれば女の価値がないとでも言うのか!」という話ではない。誰もあなたに値付けなんかしていない。あなたに値付けをしているのは、本当はあなた自身だ。

40歳ともなったら、どんな人生の選択をしようともそれは自分のもので、自分の責任。親や社会や男のせいには、もうできない。職業人としての完成度を追求していくのも、あるいは次世代生産にエネルギーを費やすのもいい。しかしどんな道を選んでも、最終的にそれを“幸せ”にするのは自分なのだ。自分自身の女としての機能も含め、自分なりに持てるものを全開で使い切って、倒れこむ。その先にあるものが、後悔であるわけがない。そうは思わないだろうか?

河崎環(かわさき・たまき)
フリーライター/コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川育ち。乙女座B型。執筆歴15年。分野は教育・子育て、グローバル政治経済、デザインその他の雑食性。 Webメディア、新聞雑誌、テレビ・ラジオなどにて執筆・出演多数、政府広報誌や行政白書にも参加する。好物は美味いものと美しいもの、刺さる言葉の数々。悩みは加齢に伴うオッサン化問題。