マンションを買ったばかりで夫が亡くなったら?

念願のマイホームを購入したばかりの夏美さん(40歳)は今、幸せでいっぱいです。頭金を貯めるために夫と2人で節約を続け、夏美さんもパートで家計を助けてきました。購入したのは3000万円の中古マンションで、夫がローンを組みました。でも、少しだけ心配なことも。

「思った以上にお金がかかって、貯金はほとんど残っていないわ……こんなにローンを抱えて、もしあなたに何かあったらどうなるのかしら」

そんな夏美さんに、夫はこう答えました。

「住宅ローンには保険がついているからね。僕が死んだらローンはなくなるんだ。うちには子どもがいないから、この家は全部、君のものになるはずだよ」

夫の優しさに感激する夏美さん。さて、夫の言うことは本当でしょうか?

借りた人が亡くなったらローンの支払はなくなる

まずは結論から。残念ですが、夫の言うことは半分が合っていて、半分は正確ではありません。

夫の言う「僕が死んだらローンがなくなる」は本当です。ほとんどの住宅ローンには「団体信用生命保険」という生命保険がついていて、借りた人が亡くなったときにはローンが帳消しになります。この保険があれば、万一のときも家族がローンの支払いに困ることはありません。

問題は、「この家が全部、君のものになる」というところ。夏美さん夫婦には子どもがいません。この場合には夫が亡くなったとき、妻だけでなく夫の親や兄弟姉妹にも遺産をもらう権利があります。このため、マンションが夏美さんのものになるとは限らないのです。

子どもがいなければ夫の親や兄弟姉妹が相続人になる

「子どもがいなければ、夫の財産は全部妻のものになるのでは?」

そう思うのが普通ですよね。いったいどういうことでしょうか? ここからは法律の話になってしまいますが、ざっくり説明しましょう。

法律では、亡くなった人の財産は法定相続人が相続する、とされています。

亡くなった人に子どもがいれば、配偶者と子どもが法定相続人になります。子どもがいないときは配偶者が法定相続人になりますが、亡くなった人の親も同時に法定相続人になります。もし両親ともすでに亡くなっているときは、兄弟姉妹が法定相続人になります。

夏美さんのケースでは、夫の両親はすでに亡くなっていて、兄と妹がいます。もし夫が亡くなったときは、夏美さんのほか、義兄と義妹も法定相続人になります。

夫の財産の4分の1が義兄と義妹のものに

亡くなった人の財産を分けるときの基準になるのが「法定相続分」です。遺産の分け方は法定相続人同士で話し合って決めますが、話し合いがつかないときには、この法定相続分を権利として主張できます。

法定相続人が配偶者と子どもの場合には、配偶者の法定相続分は遺産の2分の1。子どもの法定相続分は2分の1で、子どもが複数のときは2分の1を等分します。子どもが2人なら、それぞれ4分の1です。

亡くなった人に子どもがいなくて配偶者と親が法定相続人になる場合には、配偶者の法定相続分は3分の2、親の法定相続分は3分の1で、両親とも健在なら父と母がそれぞれ6分の1です。法定相続人が配偶者と兄弟姉妹のときは、配偶者の法定相続分は4分の3、兄弟姉妹は4分の1です。

夏美さんのケースで夫が亡くなったときは、夏美さんの法定相続分は4分の3、義兄、義妹がそれぞれ8分の1ずつになります。

マンションを買ったばかりなので、夏美さんの夫の貯金は現在200万円だけ。マンションの名義は夫で、ほかに財産はありません。もし今、夫に万一のことがあったとき、マンションの時価が3000万円とすれば、夫の遺産は計3200万円です。もし義兄と義妹が揃って「法定相続分どおりに分けてほしい」と主張すれば、財産の8分の1にあたる400万円ずつを渡さなくてはなりません。夏美さん自身の貯金を合わせても足りなければ、マンションを売るしかなくなるでしょう。

遺言があれば妻がすべて相続できる

こうしたときに役立つのが「遺言書」です。夏美さんのケースでは、「財産は妻にすべて相続させる」という夫の遺言書があれば、義兄と義妹は相続の権利を主張できなくなって、夏美さんが財産をすべて受け取れます。

遺言書は、亡くなった後の財産の分け方を本人が指示する指令書のようなもので、遺産分けでは最優先されます。ただし、遺言書にどう書かれていても、法定相続人には「最低でもこれだけは相続できる」という権利があって、これを「遺留分」といいます。配偶者や子、親には一定の遺留分がありますが(図表参照)、兄弟姉妹には遺留分がありません。このため、夏美さんのケースでは、こうした遺言書があれば、夏美さんが遺産をすべて相続することができるのです。

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配偶者・子・親・兄弟姉妹の法定相続分と遺留分

このケースと違って、もし夫の親が健在だったら? この場合、状況はもう少し複雑です。親の法定相続分は3分の1で、遺留分は6分の1です。義父や義母が「遺産はいりませんよ」と言ってくれればいいですが、必ずしもそうとは限りません。何より、高齢の義父母には、できるだけ配慮する必要があると思います。事情によっては、夫が多めに生命保険に入っておくことを検討したほうがいいかもしれません。

夫婦がそれぞれ遺言書を書いておこう

遺言書には自分で書く「自筆証書遺言」と、公証役場で作成する「公正証書遺言」があります。自分で書けば簡単のようですが、法的に通用する遺言書にはさまざまな決まり事があるので、専門書で調べたり、法律のプロに確認したほうがいいでしょう。一方、「公正証書遺言」は手間や費用がかかりますが、確実な遺言書をつくることができます(公正証書遺言の書き方はhttp://woman.president.jp/articles/-/1149)。

「遺言書のことなんて話しにくい」と思うかもしれませんが、誰でも生命保険には気軽に加入しますよね。生命保険だって万一のときに備えるものだから、意味は似たようなもの。生命保険の話をするときに、遺言書のことを話してみてはどうでしょう。

子どものいない夫婦なら、それぞれがお互いのために遺言書を書いておくのがお勧めです。もしかしたら、それって愛の証しかも! 今後、子どもが生まれたりして状況が変わることがあれば、遺言書はいつでも書き換え可能です。

マネージャーナリスト 有山典子(ありやま・みちこ)
証券系シンクタンク勤務後、専業主婦を経て出版社に再就職。ビジネス書籍や経済誌の編集に携わる。マネー誌「マネープラス」「マネージャパン」編集長を経て独立、フリーでビジネス誌や単行本の編集・執筆を行っている。ファイナンシャルプランナーの資格も持つ。