緊張しているように見え、感情的にも思われがちな「早口」な話し方。一方論理性に欠け、甘えているように見える「ゆっくり」な話し方。オフィシャルな場面やプライベート……どちらの話し方がいいのでしょうか? 研修・講演依頼があとをたたないスピーチコンサルタントの矢野香さんに教わります。

目的に合わせて話す速度を変える

読者の方から「早口すぎて何を言っているのかわからないと言われてしまいます。どうすればいいでしょうか」というご相談をいただきました。緊張すると早口になってしまうという悩みはよく伺います。早くこの場から逃げ去りたい、という心理が働くためでしょう。早口になると、緊張しているように見えるだけでなく、感情にまかせて話しているようにも見えてしまいます。一方、ゆっくりすぎる話し方の人もいます。女性の場合、ゆっくりすぎますと甘えているような、論理性に欠けるように見えてしまいがちです。早口とゆっくりはどちらが良いのでしょうか?

矢野 香さん

「私プレゼン」で大切なのは、まず、自分はどちらの傾向があるかを知ることです。現状認識です。これは、自分以外の他人に聞くのが一番です。同僚でも上司でも構いません。自分では普通の速さだと思っていても、「早口だ」と言われることがあるかもしれません。

早口は、帰国子女や、いわゆる「バリキャリ」のような人に多く見られます。男性上司などから「あいつは生意気だ」「鼻につく」などと文句を言われやすい女性は、早口でまくしたてていることが多い傾向にあります。ゆっくり話す傾向があるのは、ひとり暮らしの人。話す機会があまりないので、自分のペースで話してしまいがちです。一人っ子もそう。子どものころ、「ご飯よ」と一つのお皿に盛り付けられたおかずを出され、家族と競って取った経験がある人と、出されたものはすべてが自分のものになる人とでは、ペースが違います。後者は自分の話すことはだいたい受け入れられるので、早口で一生懸命話す必要がないのです。

自分の傾向がわかったうえで、あらためて。早口とゆっくりはどちらが良いのでしょうか?

それは、どちらか一方ではなく、両方使えるようになることです。TPOや場面に合わせて、話す速度を変えられるように目指しましょう。雰囲気をつくるために、デートではムーディな曲、元気になりたいときはアップテンポの曲というように、BGMを変えますよね。声も相手にとってはBGMの一種。聴覚的な音声非言語の一つです。話す内容もそうですが、BGMを変えると雰囲気が変わるように、話す速さやテンポによってもその場の雰囲気は変わります。大事なのは使い分けです。

オフィシャルな場面では「ゆっくり」話す

オフィシャルな場面では、基本的にはゆっくり話します。目安は「1分300文字」。これはNHKのアナウンサーがニュースを読む速さです。といっても、わかりにくいですよね。できればNHKの放送を聞いてください。お勧めはNHKラジオ。聞き流しながら1分300文字のテンポを身体で覚えてほしいのです。

ニュースをラジオで聞くのもテレビで見るのも無理な方は、とにかく「ゆっくり」を意識してください。できれば一度、ボイスレコーダーなどに自分の話を録音してみましょう。それを文字に起こしてみるのです。1分あたりどれくらいの速度で話しているかをチェックしてください。私がデータを採ったところ、一般的なビジネスパーソンは1分450文字ほどです。「1分300文字」という人は、政治家やセミナー講師など、人前で話すことに慣れている人くらいです。おそらく読者の皆さんも速い傾向があるはずです。

さらに、もうワンランク上のスキルもお伝えしましょう。ゆっくり話すべきオフィシャルな場面でも、プレゼンするときや自分の要求を通したいとき、熱意を示したいときなどは、速度に変化を付けます。ポイントは徐々に速くすること。たとえば、5分で自分の企画をプレゼンする場合、最初の2分は1分300文字のペースでゆっくり話す。後半3分は500文字くらいにどんどん速くしていくのです。最初の2分は結論や概論を話すため、論理的に冷静に、ロジカルなところをアピールする。そのためには早口であってはなりません。数字やデータを用い、冷静さ、信頼性を訴える。そして、次第に速くしていくのです。

論理的に説得したいときはゆっくりと、熱意や真剣さを印象づけたいときは速度を上げて話す(イラスト=米山夏子)

速度が増す話し方は、聞き手に熱意や真剣さを印象づけます。さらに、プレゼン内容に対する専門性を感じさせるという心理学のデータもあります。

ですから、もともと早口の人は、最初だけゆっくり話せばいいということになります。自分がどうしても通したい企画にいかに熱意を持っているか、いかに詳しいか、また、この人になら任せられるということを表すためにも、徐々に速く話すテクニックにも挑戦してみてください。

プレイベートでは相手に速度を合わせる

プライベートの場で話す場合の速度も同じです。元気な、明るい話題にしたいときは早口、ちょっと真面目に、しんみりしたいときはゆっくり。一般的に、ポジティブなことは早く聞いてほしいから早口、ネガティブなことは言いづらいのでゆっくりになります。ただし、プライベートでは相手とのコミュニケーションを重視しなければなりません。相手の気持ちを読み取って速度を合わせることがコツ。

たとえば、ご主人やパートナーが「ねえ、ねえ、ねえ」と早口で話しかけてきたら、「何、何、何?」と早口で返してあげてほしいのです。早口で話しかけてきた相手にゆっくりとした返事を返すと、相手はテンションが下がります。「おまえと話しても楽しくないや」となってしまう危険性があるのです。相手に合わせることで、楽しい内容はより楽しく、ネガティブな内容でも「責められた」のではなく、「受け入れられた」と感じてもらえます。

実はこれは、アナウンサーがインタビューで行っていることでもあります。深刻な話はゆっくり、「何々賞を受賞しました」といった慶事は早口で言います。インタビューでは、話しかける場面の「ところで」や「実は」のような、切り替えのタイミングで速度を変えます。話す速度を加減することで、自分がその場を仕切ることができるのです。

会話においては、自分が場を仕切るというキーを持っていてください。そのためのポイントが話す速度を意識することです。それが、やりたいことをあきらめないという「私プレゼン」の姿勢につながっていきます。

矢野 香
信頼を勝ち取る「正統派スピーチ」指導の第一人者。NHKキャスター歴17年。大学院で心理学の見地から「話をする人の印象形成」を研究し、修士号取得。現在、国立大学の教員として研究を続けながら、政治家、経営者、上級管理職などに「信頼を勝ち取るスキル」を伝授。全国から研修・講演依頼があとをたたない。著書に、ベストセラー『その話し方では軽すぎます! エグゼクティブが鍛えている「人前で話す技法」』(すばる舎)など。http://www.authenty.co.jp/