「いまを生きる自分たちの世界」を疑う視点が得られる宗教の本に、“物事の本質”の探究がビジネスに役立つ哲学書――。「宗教・哲学」に精通するプロに、本選びのポイントやおすすめ本を、初級・中級・上級と分けて教えてもらった。(教えてくれる人:【宗教】作家・宗教学者 島田裕巳さん【哲学】哲学者 小川仁志さん)
宗教がくれる、新たな気づき
-ルールにのっとった生き方がいかにバカげているか教えてくれる
宗教の本というのは別に実用性はありません(笑)。ただ宗教の世界を知ることによって、いまを生きる自分たちの世界が正しいかどうか、この世の中が絶対なのかどうかを疑う、そういう視点を持つことができます。
たとえばイスラム教というのは非常にゆるいし時間も守らない。でも日本は絶対に時間厳守。そういう世界に自分たちが生きていることがおかしいんじゃないか、そう気づくために宗教は存在しているのです。だから世俗に縛られたくない人は、仏教なら出家するわけです。そういう道があるということです。
それから宗教はビジネスに結びつく側面もあります。セールストークと宗教を伝えるのは同じで、広告宣伝という分野でいえば宗教は全部やりつくしていますよね。
宗教の本を選ぶときに重要なのは信仰の立場からか、客観的な立場で書かれているのか、それを見極めることでしょうね。キリスト教関係の本は、ほとんど信者が書いているので、信仰を持っていない人にはわかりにくいかな。
いずれにしても宗教というのは幅広いものですから、怖いとか好きとか、それだけで判断しないほうがよいでしょう。冷静な目を養うためにも、本というのは有用なツールになるでしょうね。
宗教の本【初級】
-漫画や小説で宗教の心に触れる
『ブッダ』(手塚治虫漫画全集)手塚治虫(講談社)
ブッダの生涯を描いた手塚治虫の代表的な漫画。悩みや苦というものにブッダがどう直面していたか、悩めるブッダという視点が特徴的。最初と最後に出てくるウサギの話が興味深い。わかりやすく面白く読める。
『イスラーム 生と死と聖戦』中田考(集英社新書)
イスラム国への評価も交えながら、イスラムという宗教について、わかりやすく書かれたイスラム学者の最新著書。五行六信など、イスラム教徒であるムスリムに課せられた定めが実にシンプルなことに驚く。
『ポロポロ』田中小実昌(河出文庫)
キリスト教の信仰を持つ著者の小説。牧師である父の祈祷会に参加した人は「ポロポロ」という言葉をつぶやいたり叫んだり。宗教特有の感動を表現した「ポロポロ」という言葉が、なんともいえない読後感を生む。
宗教の本【中級】
-宗教を少し離れて客観的につかむ
『教養としての宗教入門 基礎から学べる信仰と文化』中村圭志(中公新書)
宗教になじみの薄い日本人に向けて、宗教とは何かということを紹介した入門書。前半は宗教学の観点から述べ、後半はキリスト教や仏教など8つの宗教を解説している。信仰を持たない立場で書かれた客観的な一冊。
『イスラーム文化 その根柢にあるもの』井筒俊彦(岩波文庫)
イスラム学の世界的権威である著者が、イスラム教について説いたもの。経済人に向けた講演を基にしているため、神様と人間の関係を商売の契約にたとえるなど、わかりやすい話題から入っているのが特徴。
『仁義なきキリスト教史』架神恭介(筑摩書房)
キリスト教の発生から発展の歴史をやくざの抗争史にたとえた野心的な一冊。神様を大親分とし、若頭のイエスが既成のユダヤ教と争ったり、宗教改革が行われたり、読み物として楽しみつつ、キリスト教の歴史もわかる。
宗教の本【上級】
-宗教の神髄を究めたいなら
『邪宗門 上下』高橋和巳(河出文庫)
戦前にあって弾圧された大本教という宗教をモデルにした60年代の長編小説。戦争に向かう中、教主は投獄され、教団は壊滅していく……。学生運動がはなやかなころに、若い学生の読者を獲得した伝説的な小説。
『世界宗教史 全8巻』ミルチア・エリアーデ(ちくま学芸文庫)
著者は20世紀を代表する宗教学者。古代の宗教的営みから、仏教やキリスト教といった個々の宗教の解説まで、宗教のすべてがわかる全集。シリーズ8巻のうち、著者の死により、7巻、8巻は弟子がまとめている。
『虚無の信仰 西欧はなぜ仏教を怖れたか』ロジェ=ポル・ドロワ(トランスビュー)
植民地時代、ヨーロッパ人がインドで滅びた仏教を発見してから、仏教を“虚無の信仰”と恐れ、やがて正確にとらえるまでの過程を描いた作品。ニーチェやヘーゲルなど著名な思想家たちが出てくるのも興味深い。
哲学しながら生きる
-物事の本質を探究する力はビジネスにも必要
ビジネスウーマンがなぜ哲学書を読まなければならないのか? そんな疑問をお持ちの方もいるかもしれません。答えは簡単です。それは、哲学が物事の本質を探究する学問だからです。
ビジネスとはさまざまな困難を乗り越えて、ようやく成功に至ることのできる冒険のようなもの。そこに行きつくためには、困難の背景にある問題の本質を見極める必要があります。そこで役立つのが哲学なのです。
とはいえ、哲学書は一般に難解なものが多く、いきなり難しい本を手に取ってしまうと挫折するのがおちです。簡単なものから順番にうまくチョイスしていく必要があります。
基本はエッセイのように読みやすい形式で書かれているものから始めて、徐々に論理文へとステップアップしていくこと。また、やさしく解説した入門本をガイドにしながら、古典にチャレンジするといいでしょう。
哲学が主題にしているのは、自由や愛といった私たちが生きていくうえで不可欠の事柄ばかり。その意味で哲学は、ビジネスにとどまらず、善く生きることそのもののプラスになるに違いありません。ぜひ読者のみなさんも、まずは初級編から気軽に手に取って読んでみてください。
哲学の本【初級】
-哲学って何? という人は、ここからスタート!
『哲学はこんなふうに』アンドレ・コント=スポンヴィル(紀伊國屋書店)
フランスの名物哲学教授の哲学書。愛や死、神、時間といった普遍的なテーマについて、エッセイ形式で本質を探究している。特におすすめの章は「叡智」。物事の本質を求めることは、生きることそのものとわかる。
『幸福論』アラン(岩波文庫)
幸福になるためのヒントを、プロポと呼ばれる断章形式で誰にでも読みやすくつづったアランの代表作。アランの幸福哲学の本質は、ポジティブシンキング。「幸福になる方法」など興味深い箇所が随所に盛り込まれる。
『饗宴』プラトン(光文社古典新訳文庫)
ソクラテスをはじめ有名な賢人たちが愛の神「エロス」について酒席で演説する設定。いわば愛の本質をめぐって賢者たちが飲み会で激論を繰り広げる。真打ちソクラテスが登場し、愛と死の関係を格調高く語る場面は必読。
哲学の本【中級】
-“私の心”と結ばれる3冊
『哲学のヒント』藤田正勝(岩波新書)
哲学することの意味を説く入門書。日常で哲学をするヒントがふんだんに盛り込まれている。日本の哲学には日本の哲学の「個性」があると論じている箇所は、哲学は西洋のものだけじゃないという自信が持てる。
『パンセ』パスカル(中公文庫)
か弱さにもめげずに、理性をもって果敢に考える人間の本質を描いたパスカルの道徳的エッセイ。人間の思考が単に理屈だけでなく、感情によっても構成されていると主張する繊細の精神と幾何学の精神の箇所に注目。
『道徳感情論 上下』アダム・スミス(岩波文庫)
自分の心の中の「公平な観察者」に基づく「同感」が、社会秩序を形成すると主張する道徳哲学の古典。同感によって他者の感情を自分の心の中に写し取り、想像力を使って同様の感情を引き出そうとする人間の本質を描く。
哲学の本【上級】
-「善い生き方とは?」を考える
『公共哲学 政治における道徳を考える』マイケル・サンデル(ちくま学芸文庫)
宝くじの道徳性から幹細胞研究の倫理まで、サンデル教授が物事の道徳性を本質にさかのぼって論じきる隠れた名著。地元が育てたスポーツチームが、お金によって他地域に誘致される問題を取り扱った章は必読。
『風土 人間学的考察』和辻哲郎(岩波文庫)
世界をモンスーン的風土、砂漠的風土、牧場的風土の3つに類型化し、気候などの風土から思想や倫理が影響を受けると主張。日本の分類の仕方、またその分類に基づく日本人の特質について論じた箇所は必ず読みたい。
『ニコマコス倫理学 上下』アリストテレス(岩波文庫)
善く生きるための倫理とは、共同体において育まれる徳であると説き、その本質は物事の適切な状態を意味する中庸であることを明らかにしたアリストテレスの代表作。生き方の教科書といってもいいほどの一冊。
作家・宗教学者・東京女子大学非常勤講師。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授などを歴任。
哲学者・山口大学国際総合科学部准教授。京都大学法学部卒業。名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。博士(人間文化)。『7日間で突然頭がよくなる本』(PHP研究所)など著書多数。