ビジネスシーンにおいて、「どんな態度と表情で話を聴くか」ということはとても大切です。研修・講演依頼があとをたたないスピーチコンサルタントの矢野香さんに、「話を聴くときの表情のつくり方」を教わります。
まずは自分の「素の顔」を知る
話すときは相手の目を見る、笑顔で話す、といったことはビジネススキルとして実践している方がほとんどでしょう。では、話を聴くときの表情はどうでしょうか。管理職になると、自分が話すよりも聴くほうが断然多くなるはずです。また、「私は会議に出ても発言しないから大丈夫」と思っている一般職女性でも、ずっと話を聴いているわけですから、どんな態度と表情で聴くかはとても大切です。
話を聴くときの基本は、話の内容(言語情報)に合わせた表情をすること。言語情報(バーバル)と非言語情報(ノンバーバル)に一貫性がなくてはなりません。いくら言葉で「いいですよ」と言っていても、不満タラタラの顔をしていては説得力がありませんね。そのようなミスマッチはビジネスでは信頼感を損ねるため避けたいものです。
残念ながら日本人の顔はベースが無表情なので、自分のニュートラルな表情、つまり「素の顔」を知っておくことをお勧めします。それは長年の蓄積で人それぞれ。素の顔が笑っている人もいれば、泣いたり怒ったりの人もいます。素の顔を知るには、知り合いに写真を撮ってもらうのがいちばん早い。メールしたり、スマホをいじったりしているときのボーッとした顔を不意打ちで撮ってもらうことができれば、リアルに自分の「素の顔」を見られます。
「嫌な状態」であることも多いでしょう。しかしそれが現実。鏡の中の自分は、無意識にベストの顔を見せているので、自分が知っている自分の表情は、自分の中で最高の表情なのです。他人が見ているあなたの顔はそれより劣るということです。
仕事での失敗。原因は「不満そうに見える顔」
私は「素の顔」で仕事のミスをした嫌な思い出があります。ニュースキャスター時代に、「素の顔」がテレビに映ってしまったのです。ニュースのVTRが流れ、次は男性アナウンサーが画面に映る予定でした。しばらく自分の出番はないと思い、私はボーッとVTRを見ていたんです。すると、自分の顔が画面に映っている!
「ここに映っているということは、もしや私は今テレビに映っている?」と気づき、あわててニコッとしました。が、そのギャップがまたすごく怖かった。あとでそのシーンを見たら、ボーッとしたときの私の「素の顔」はひどい顔でした。楽しい内容のニュースなのに、ムスッとして不満そう。
実は私には口をとがらす癖があります。そのときも、無意識に何か文句を言いたそうな口になっていました。自分の素の顔は「不満そうに見える顔」だと、このとき初めて知りました。みなさんにもきっと何か癖があるはずですから、素の顔ではどういう癖があるのか、ぜひ知っておいてください。
話を聴くときは、話の内容に合わせた表情をすることだと最初に申し上げました。よい話だったらニコッと口角を上げて話を聴く必要がありますし、つらい話や真面目な話だったら眉間にしわをよせて深刻そうに聴きます。ニュースの場合、同じ交通事故でも、玉突きで死亡者が出ているのか、けが人はなくかすっただけだったのか、その内容によって表情は変わります。このレベル分けも重要です。
笑顔なら、笑うときに見える歯の数でレベル分けすることができます。笑顔大は8本。中が4、小が0です。すごくうれしい笑顔大のときは、口をニーッと横にかなり引く感じで笑います。中は歯の白いところが少し見えるくらい。0は歯を見せずにニコッと笑うだけですね。
このときのポイントは下の歯を見せないこと。下の歯が見えると、笑い声が「イッヒッヒ」と聞こえるようで下品に見えます。笑顔には特大というのもあって、これは歯と歯の間の空間も見える笑い方。ただし、これもあまり上品ではありません。
表情を豊かにするトレーニングで顔の筋肉をほぐす
喜怒哀楽の感情が動いたときに、それにあった表情が自然に出るにはどうしたらよいでしょうか。
私が「クシャおじさん」「ムンクの叫び」と呼んでいる、表情を豊かにするトレーニングがあります。まず、10秒数えながら顔の中心にすべてを思いっきり寄せます。目をギュッとつぶって口も突き出して寄せます。そして、次に10秒数えながら全部を開きます。顔を徐々に縦に開いていくイメージです。全部を集め、全部を伸ばす。両方の極端な表情をすることで顔の筋肉をほぐします。
これまで多くの方を指導してきましたが、表情をつくろうとしても、肩こりのように顔の筋肉がこっている人が多い。「うれしい顔をしてください」と言っても、まるで変わらない人もいます。顔の筋肉を使わないから衰えてこり固まっている。こった肩をもみほぐすように、顔の筋肉もほぐさなければなりません。
一般的には、笑顔は好印象です。朝、この表情筋トレーニングをし、最高の笑顔をつくったままメイクすることをお勧めします。笑った表情のしわができた状態でベースを塗れば、メイクもよれにくくなります。ぜひ明日から試してみてください。
大事な交渉事の前に、多くの方は話す練習をしますよね。そのときは、必ず鏡の前で練習しましょう。なぜならどんな表情で話しているかを知ることが大事だからです。鏡の前でやらないと効果は半減します。たとえて言えば、パワーポイントでつくった資料のプレビューを確認せず、本番でいきなり出すのと同じことです。「こんなフォントのはずではなかった」「見づらかった」「何でここで文字がずれてるの」なんていう失敗はしたくないですよね。人前で話したり提案したり、交渉事の前には鏡の中の自分に向かって、どんな表情でそれを言っているのか、よくチェックしてください。
明るい未来を語るときに大スマイルを使えるのは女性ならでは。ミラーリングといって、自分が笑顔なら相手もつられて笑顔になります。すると、楽しい気分になってくる。「この提案を受け入れてみようかな」という相乗効果も期待できます。提案やお願いをするときは、眉間にしわを寄せたり深刻な顔になるのではなく、大スマイルで。大きな笑顔は女性の必殺の武器だと思ってぜひ鍛えてください。
信頼を勝ち取る「正統派スピーチ」指導の第一人者。NHKキャスター歴17年。大学院で心理学の見地から「話をする人の印象形成」を研究し、修士号取得。現在、国立大学の教員として研究を続けながら、政治家、経営者、上級管理職などに「信頼を勝ち取るスキル」を伝授。全国から研修・講演依頼があとをたたない。著書に、ベストセラー『その話し方では軽すぎます! エグゼクティブが鍛えている「人前で話す技法」』(すばる舎)など。http://www.authenty.co.jp/