起業したいけど、自信もお金もない……と二の足を踏んでいる読者もいるのでは? 「事業成功には3つのカギがある」と教えてくれるのは、1000人を越える起業家にアドバイスを行ってきた、日本政策投資銀行の栗原美津枝さん。成功する女性起業家の共通点も聞きました。
今やあらゆる業種で女性起業家が活躍中。女性起業家といっても特別な能力を持っているわけではない。少しばかり事業アイデアに対する情熱が強かった、ただそれだけ。ほんの少し勇気を出して一歩前に進み、「起業」という選択肢を選んでみてもよいのでは。もちろん、不安があるのは当然。しかし、その不安は起業を断念するほどのものだろうか?
女性の起業にいち早く目を向け、日本政策投資銀行(以下DBJ)内に2011年、「女性起業サポートセンター」を創設し、初代センター長として同行初の女性起業家支援をスタートさせた栗原美津枝さんに、女性特有の起業の課題や悩みをうかがった。
「私自身は組織でキャリアを築いてきましたが、『起業』は女性のキャリアの選択肢の一つの軸なのでは、と考えていました。サポートセンターの立ち上げを考えた頃は、震災後で社会全体がこの危機からの出口を見失っている状況でした。それ以前から構造的な閉塞感もありました。その現状を打破する力は何かと考えたとき、それは『女性の新しい力』だと気付いたのです。
実際、震災地域で起業した4割が女性でした。既存の仕組みが壊れたときこそ、女性が力を発揮するんですね。ただ、当時は今のように女性の活躍が注目されていませんでした。周りから『パンドラの箱を開けたわね』と言われることも。存在に気付きながらも封印され、誰も手をつけてこなかった分野だったんでしょうね。でも、スタートしてみると『待ってました!』と多くの方々から支持を得ました。それから4年が経ち、女性の活躍は経済対策、地域創生の観点からも重要なテーマになり、女性の起業の機運も年々高まっています。過去3回行われた当行の“女性新ビジネスプランコンペティション”で1000件以上の女性起業家のビジネスプランを見てきました。その経験とそこで感じた女性の起業の実態をぜひご紹介したいと思います」
DBJは、民間金融機関では難しい中長期の投融資をはじめ、M&Aのアドバイスや企業価値・競争力向上のためのコンサルティングを行うなど日本の産業を支えてきた政府系金融機関。そんな環境の中で、女性支援という分野を確立させた栗原さんは、組織人ながら、社内ベンチャーを実現させた組織内起業家である。2008年から2年間赴任したアメリカ、スタンフォード大学で世界の女性起業家が生き生きと活躍している姿を目の当たりにし、日本とのギャップを痛感。それが女性起業家に目を向けるきっかけになったそう。
1980年代以降、開業率が低位で推移し、しかも廃業率がそれを上回る状況が続き、2007年、「女性の起業は、実現率は高いが廃業率も高い」というショッキングなデータが厚生労働省から発表された。しかし、栗原さんはこの数字の裏を理解すべきと指摘する。
次ページは、女性が起業するにあたっての3条件の1つ目、「経営者の資質」について栗原さんに話を聞いた。
1.経営者の資質
●そもそも経営者に“向き、不向き”ってあるんですか?
女性起業家のビジネスコンペで多くのライバルを退け、コンペファイナリストに輝いた女性起業家たちに共通点はあるのか? 起業を実現できる能力を栗原さんに聞いてみた。
「セミナーを開催したり、参加していますが、そこで積極的に名刺交換をし、参加者と交流しているのは女性。女性は共感能力が高く、ネットワーキングの中で共感できる仲間を見つけることが得意なようです。
でも、これは逆に女性の弱点でもあります。同質な人だけで集まり、自分にない能力を持つ者、自分と対立する意見を持つ者と付き合うのが苦手ということ。気の合う仲間とビジネスを行っている女性が多いのですが、小さなビジネスでも壁にぶつかります。人をうまく雇えないことで悩んでいる人もとても多い。
しかし、多様な人材で構成されたチームは壁を破る突破口に。事業の成長に成功している女性起業家に共通しているのは、自分の苦手分野やキャリア・ノウハウ不足を補完する人材とうまくチームアップしていること。共同経営の形を選択する人もいます。また、これから起こす事業を経験した人のほうが圧倒的に黒字化できています(DATA.2)が、自分に経験がなくても経験者を取り込むことができれば同じ結果を得られるのでは。『販売先の確保が難しい』(DATA.4)、『人脈がない』と悩む人もいますが、それこそチームで克服することでは。
そして、仲間を集めるときにも必要なのが『ビジョンを明確にする』こと。『何を実現したいのか?』『どんな会社にしたいのか?』。シンプルな思いを明確にする。明確であれば人はついてくるものだし、ビジョンに共感できれば対立軸にある相手でもビジネスパートナーに引き入れることができます。コンペで見るのは事業の革新性と将来性。その核になるのもビジョン。そこがブレなければ、事業計画は変わってもいいんです。トライ&エラーで変わっていくのが当たり前。しかし、核となるビジョンがブレるようでは、事業計画自体迷走するだけです」
女性ならではの得意分野と苦手分野を考察。得意分野は苦手分野と表裏一体。気の合う仲間と細々と仕事がしたいといっても、事業を続けていればいつかは壁にぶつかることも。そのとき、あなたはどうする?
得意:気の合う仲間を引きつけやすい
苦手:チームワークを図ること
女性の井戸端会議力は起業家としても大きな強み。情報の吸い上げやビジネスパートナーの発掘に役立つ。その一方、気の合う仲間ばかりが集まれば似た者同士の組織となり、自分が苦手とする分野を補完する人材が欠如し、チームワークが図れない。
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得意:共感する人間を巻き込みやすい
苦手:対立する人材と協調できない
共感する人材ばかりが集まれば、意思決定は早くなるが、リスク管理が手薄になり、トラブルを未然に防ぐことができない。対立する人材を登用し、組織を形成していけるだけの許容度がなければ事業の将来性はないに等しい。
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得意:一般消費者向けの商売〈B to C事業〉
苦手:事業者向けの商売〈B to B事業〉
女性の事業形態で多いのが一般消費者向けの商売。自分が欲しいサービスや自分が感じる不便さから起業を志す女性が多いので、この形態になりやすい。しかし、その事業が事業者向けとして発展活用できるかどうかを判断できないのは残念な点。
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▼事業成長の限界点が低く可能性を模索できない
得意分野と苦手分野の特性を上手にコントロールできれば、事業規模の拡大も可能。それだけでなく、事業を続けていけばさまざまな困難に遭遇するが、問題に直面したときの突破口が見つかる可能性も高くなる。
では、先に述べた「女性の起業は、実現率は高いが廃業率も高い」のは事業計画の完成度が低く、組織づくりが下手なためなのだろうか。栗原さんは、女性は事業運営に失敗して廃業するのではないと主張する。
「女性は『貯金の300万円まで』『2年間だけ』『家族に迷惑をかけない範囲で』などと、比較的制約のある中で起業することが多いよう。DATA.1で女性の黒字基調が高まるのは、早期に廃業する女性が多いため残った企業の業績が良くなることが一因。事業継続の見極めが早いことは悪いことではありませんが、男性のようにもう少し踏ん張ることができれば、成功できるのに……そんな女性が多いですね。
これらの問題を改善するためにも絶対に必要な能力が、経営者のプレゼン力。起業するにあたり、まず説得しなければならないのが家族、そして従業員やビジネスパートナー、資金調達のための金融機関、また販路や仕入れ先拡大のための営業先。常に経営者のプレゼン力が問われます。創業期は会社の業績を示すことができませんから、相手は経営者を見て判断します。苦手だからと他人に任せるのではなく、経営者自ら話すことが大切。プレゼン力は鍛えて伸びる力。起業したいなら意識して鍛えてほしい能力ですね」
話をまとめると、経営者に向き、不向きは「ない」ということになる。ただ、起業を目指すのなら、ビジョンを明確にし、経営者力、プレゼン力を身につけることができれば、大きな強みとなるようだ。起業家を目指すなら、まずは頭の中を改革し、経営者として物事と向き合う習慣を身につけたい。
【1.明確なビジョン】
起業して何を目指すのか、目的を設定することはとても重要。人に事業を説明するときも、自分が道に迷ったときも向かうべき方向を示してくれる羅針盤となる。
【2.経営者力】
経営者力はリーダーシップ力。経営におけるリーダーシップ力はチーム力をいかに引き出せるか、いかに強い組織をつくり上げられるかにかかっている。
【3.プレゼン力】
経営者の基本の「き」。家族の説得、人材集め、金融機関への事業説明などプレゼンの場は多々ある。苦手だからと尻込みせず、プレゼン力を高める努力を。
日本政策投資銀行 常勤監査役。一橋大学卒業。M&Aや財務、ヘルスケアファイナンス等を経て、同行初の女性役員に。赴任先のスタンフォード大学でベンチャーファイナンスを研究。女性起業サポートセンター創設者。