最大限にチームのパフォーマンスを上げるために、まず、すべきことは? 利害や生活スタイルの違う相手と、よりよいチームをつくるにはどうしたらいい? デンマークの交渉の神様・マレーネさんの“Win-Winの交渉術”に、そのヒントがあるようです。来日したマレーネさんに話を聞きました。

▼第1回「キャリアをつかむための交渉術~戦う前に自分を知る」はこちら

ニーズや利益の違いを、「交渉=対話」で埋めていく

「交渉の神様」、マレーネ・リックスさん。「交渉」というと、ハードネゴシエーターを想像するが、建設的でWin-Winの交渉術を提唱するマレーネさんはこのとおり、温和な雰囲気の才媛だ。デンマークを起点に欧米で仕事をこなしつつ、2人の子供を育てる母親でもある。

交渉術は、仕事の上でお客様や利害関係者とやり取りする際に、とても役立つコミュニケーション・ツールですが、それだけではありません。職場での非公式な場面にも使えます。

例えば、仕事の分担やシフトについて同僚と話し合う、担当する仕事の段取りやスケジュールをどう調整するか上司と話し合う、そういったことは日常よくありますね。合意が得られない、つまり、誰かがあなたに「ノー」と言っている。そんな状況にも前向きに対処し、相手から「イエス」を引き出す方法、それが交渉です。

さまざまな場面で私たちが合意を得て物事を前に進めるためには、交渉の「相手」が存在します。その相手が自分と同じ考え方をするわけではありません。その人のニーズや利益も同じではありません。

建設的な交渉というのは、自分と交渉に関わる人たちが力を合わせ、関係者全員がハッピーになるような合意を形成するということです。ですから、「一番声の大きい人の言う通りに従う」とか「自分が正しくて相手が間違っていると説得する」という解決法とは違います。

交渉術を使えば、自分自身の利益にも他人の利益にも目配りすることができます。なぜなら、それは互いの立場の違いを乗り越え、双方が交渉の勝者となれるような取引をするための「対話」だからです。

交渉を始める前に、取引材料を整理する

職場での例として、同僚数人のグループ内で、仕事の分担を決めなければならない場面を考えてみましょう。上司は、そのグループのメンバーである部下たちに、グループとしてその仕事をどうこなすかを任せています。グループのメンバーはこんな女性たちです。

Aさんは、小さい子供を抱えており、定時になると退社しなければなりません。でも、Aさんはスペシャリストであり、仕事のある部分については鍵を握る重要な人材です。

Bさんにはもう少し大きくなった子供たちがいます。子供たちは放課後にスポーツや地域での活動などに参加しており、ママが帰宅してからの夜の時間はかまってもらいたいし、週末の試合は観戦に来てほしいと思っています。Bさんの知識や経験はさまざまな場面で有効に生かされています。Bさん自身、さらにキャリアアップしようと最近決めたところです。

Cさんには子供がなく、夫は夜遅くまで仕事をしています。その代わり朝は比較的ゆっくりと過ごす生活スタイルです。Cさんは勤務時間外に、ある組織の立ち上げのために忙しく活動しており、そこにかなりのエネルギーを注ぎ込んでいます。

これら3人の女性たちは、利害が異なり、スキルや能力も違っています。彼女たちにはそれぞれ志や夢があります。こういった背景は全て、彼女たちがなんらかの業務を担当する際に、どう感じるかということに影響するでしょう。

仕事の分担の交渉は、まず、達成しなければならない仕事の全体像を把握することから始まります。次に、それぞれがどの業務を担当するか、どの時間帯に働くかを選ぶ必要があります。その際に互いのギャップがどこにあるのかが明らかになります。

一番人気がないのはどの業務でしょうか? また、勤務時間はどうでしょう? みんなが嫌がる業務を割り振るという困難に直面したら、個別のニーズや利益を考慮して、それぞれに合ったプランをデザインすると同時に、そのやり方で、グループが与えられた仕事の全てをカバーできるかどうかを見極めることが重要です。

建設的な交渉が、互いを勝者に導く秘訣

例えば、3人のうち、Aさんが他の2人より早く出勤して早く退社することはできないでしょうか? 逆に、Cさんは遅めに出勤して、もう少し遅くまでいることができるかもしれません。もしも、3人のうち誰かが、例えばBさんが、誰もが嫌がるような業務を引き受ける場合、Bさんの業務を量的にはやや軽くすることはできないでしょうか? 一方で、他のメンバーよりAさんが担当するほうがよい業務もあるのではないでしょうか? それぞれの業務について各自が主たる責任を負い、互いに教え合うというのはどうでしょうか?

このような交渉は、彼女たちがそれぞれのニーズやスキルの違いを認め、最適なバランスの取れた取引をするために話し合おうとして初めて可能になります。それぞれが自分のニーズを把握すると同時に、他のメンバーのニーズも理解し、きっちり「取引」するという合意が必要です。そうすれば、他のメンバーも交渉に納得し、合理的だと感じるでしょう。

「全員が勝者となるための交渉術」3つのポイント
●交渉術が使える非公式で日常的なシチュエーションを発見しよう。合意なきところに交渉の余地あり!
●交渉相手のニーズに敏感に対応しよう。でも、自分自身のニーズもしっかり把握すること。
●何かを得て、何かを与えるという心の準備をしよう。そして、議論に勝とうとして時間を無駄にしないこと。取引あるのみ!
エグゼクティブアドバイザー マレーネ・リックス
1965年、デンマーク生まれ。エディンバラ大学卒業。イギリス、アメリカ、メキシコ、オーストラリアなどの国々で学び、働いてきた経験がある。フリーのアドバイザーとして企業や個人にリーダーシップや交渉術を教える。