能力はあっても、組織で出世するのは難しい……多くの働く女性が、いわゆる“ガラスの天井”に悩んでいます。原因の1つは「女性はこうあるべき」という無意識の偏見。これを突破するにはどうしたら? キャリアを実現するために必要な交渉術を、“交渉の神様”マレーネさんに教わります。

欧米にも根深く残る女性バイアス

デンマークの「交渉の神様」、マレーネ・リックスさん。欧米を中心に「交渉」に関するの執筆、講演などで活躍している。建設的でWin-Winを求める、アジア的な女性型交渉術が今後のトレンドと話す。

「交渉術」のアドバイザーとして、私はこれまでに多くの働く女性たちに会ってきました。文化的背景もキャリアもさまざまな彼女たちが、職場で感じる立ち位置や、キャリアにおいて何を実現したいかを語る時、ほとんど皆に共通することが1つあります。

それは「自分のために何かを依頼する」時に困難さを感じている、ということです。欧米の女性でさえも、例えば、「就業時間をもう少しフレキシブルにしたい」とか「このイベントにはぜひ出席したいので時間を融通したい」といったリクエストが拒絶されると、自分が周りから「欲張りで自分勝手な人間だ」と言われているような気がするのです。

彼女たちは志が高く周囲からも有能だと評価されていて、仕事上、ほかの局面であれば解決のために力を発揮できるのに、自分の欲求となると途端に消極的になるなんて、これではフラストレーションが溜まってしまいます。

それを個人的な能力の欠如のせいだと彼女たちは感じているのですが、必ずしもそうではありません。実際に女性が、自分のために声を上げ、交渉しようとする時に何が起きているのでしょうか。

男女によらず私たちは、野心的に上を目指す人に対して、それが男性であるか女性であるかによって違った反応をするという調査結果があります。女性が何か自分のことを要求する場合に、女性は自分のことを優先する前に、周囲や職場のことに気を配るべきだとする、無意識の根深いバイアスがあるのです。

私の母国、世界的に最も男女差別の少ない国の1つと考えられているデンマークでさえ、女性に対するバイアスはあります。前首相のヘレ・トーニング=シュミットは、いつも身ぎれいにしている人で、グッチのバッグ持っていただけで、毎日のように新聞で「グッチ・ヘレ」と叩かれていました。バッシングの理由は、職務の出来不出来ではないのです。

昨日の新聞記事も紹介しておきましょう。デンマークでは男女の給料はほとんど同じですが、女性が第1子を産むと少し遅れを取り、徐々にそのギャップは大きくなる、というもの。出産や育児のため職場から離れざるを得ず、男性より職場経験が浅くなるため、昇給や昇進が遅れ、結果的に貯蓄が男性より少なくなり、離婚の場合に経済的に不安定な立場に立たされる可能性があるという、女性が被る典型的な経済的困窮につながる事例です。

「無意識の偏見」を取り除く3つの変化

こうした女性への反応は、職場では時に無意識に、しかし極めて明確に現れます。

例えば、小さい子供を抱える女性の場合、たとえキャリア上のチャンスがある時にも、「小さい子供がいるうちは、彼女にはこの仕事をするための時間やエネルギーがないだろう」という理由で、そのチャンスから外されてしまうことがあります。男性であれば、小さい子供がいるかどうかが仕事上のネックになることなんて、ほとんどないでしょう?

では、誰もが家族のために費やす時間が必要だ、ということを前提に考えた時に、女性にも男性と同じ仕事のチャンスが得られるよう、状況を変えていくにはどうしたらいいでしょうか?

次の3つのレベルで「変化」を促す必要があります。

(1)文化的レベル:伝統的な古い価値観を現在の状況に合うように調整する。
(2)社会的レベル:子供や身内の世話をしながら、同時に、自分たちのコミュニティーの生産的な一員であろうと取り組んでいる家庭の社会実現を、政治的側面から支える。
(3)組織的なレベル:全ての働き手が、男性も女性も、小さい子供を抱えていても、有意義なキャリアを築き、持てる能力をフルに発揮できるように、職場の仕組みを整える。

そして、決して軽んじてはならないのは、私たち1人1人がキャリアにおいて、自分の夢やゴールについて考え、それに基づいて決断できるよう、上司も部下も、家族も友人もお互いに助け合うことです。

そのために各個人が「自分自身と交渉する=対話する」ことが基礎になります。なぜなら、まず自分が何を望んでいるのかが分からなければ、それを得る方法もまた見つからないからです。

でも、自分が「本当は何を望んでいるか」を知ることは、そう簡単なことではありません。なぜなら私たちは、誰もが他人の考えに影響を受けているからです。例えば、自分の職場について考えます。「小さい子供を持った母親がこの会社で高い地位に就いたことなど今までに一度もない。だから、そんなことは望む価値さえない」

また、社会に対してこう思います。「もし仮に仕事を得たとしても、子供を保育園に入れるのは無理だろう。待機リストがあんなに長いのだから」。そして、家族や友達からどう見られるかについて考えます。「今、私が職場に復帰したら、家族は自分のことを悪い母親だと思うだろう」

あなたは何を望んでいますか? まずは自分との交渉(対話)で具体的にしていこう。

「本当にやりたいこと」を自分に聞いてみよう

母親でなくても、働く女性たちは「今の状況で満足せよ」「高望みし過ぎるな」という周囲からのプレッシャーを感じています。一方で、自分と似た境遇にある女性たちと対話し、フラストレーションを共有し、互いを励みに感じられると、彼女たちの目は生き生きと輝き、キャリアについての希望を語る声ももっと力強くなる、ということを私はさまざまなワークショップなどを通じて実感しています。

自分自身と交渉するということは、自らと対話することです。「本当に達成したいことは何か?」と。“本当にやりたいことを知る”ことが、変化を求めて周囲に働きかける基盤となります。その際、2つのことが必要です。

●自分自身の声を聞くこと。伝統、社会、周囲の声などの雑音をいったん消しましょう。そして、自分自身の声を聞く助けとなってくれる人を見つけましょう。あなたが仕事上で尊敬する人や賢明な友人などがいいですね。

●他の女性たちと話し、刺激を与え合いましょう。あなたがこうしたいと思うことを既に成し遂げた女性たちに、どうそれを実現したのか尋ねてみるといいでしょう。そして、やりたいことを成し遂げ、今度はあなた自身がロールモデルになってください。

より良いキャリアのために交渉することは、何段階かのレベルに働きかけ、あなたの声を聞いてもらうということです。あなたが何を望んでいて、何があなたを幸せにするのかを世の中に知ってもらうことが初めのステップです。

これは必ずしも簡単なことではありません。あなたの行く手を遮るものがたくさんあることでしょう。でも、諦める代わりに、あなた自身とあなたの周囲の人々に尋ねてみてください。「私が望むものを得るために私は何をすればよいのでしょうか? 私たち皆にとって有益な解決策を見つけるために私たちには何ができるでしょうか?」と。

「キャリア実現の交渉術」の4つのポイント
●働く女性として、自分のために何かを要求すると「女性はこう振る舞うべきだ」という根深いステレオタイプからくる抵抗に遭うことがままある。
●文化的、社会的、組織的なレベルにおける既成の「理想」を変えるために働きかけよう。その際にあなたが何を変えたいと思っているか、を世の中に知らしめること。
●あなたが本当に望んでいること、あなたのキャリア上の夢や希望を知るために、あなた自身と「交渉」しよう。
●他の女性たちと夢や志を語り合い、互いに支え合い、刺激を与え合おう。
エグゼクティブアドバイザー マレーネ・リックス
1965年、デンマーク生まれ。エディンバラ大学卒業。イギリス、アメリカ、メキシコ、オーストラリアなどの国々で学び、働いてきた経験がある。フリーのアドバイザーとして企業や個人にリーダーシップや交渉術を教える。