テクノロジーの進化により、今までになかった「新しい仕事」が生まれています。この連載では、リクルートライフスタイルのアナリストであり、データサイエンティストとして活躍する原田博植さんを聞き手に迎え、新しい仕事の領域を切り開くフロントランナーにインタビューを行います。

「『嫌な社員はイヌ』と考えれば上手くいく」「プレゼント・ハラスメントには気をつけろ!」「『デートの歴史』のろしからポケベルに黒電話、デートの連絡手段の進化を見る」……、こうした“思わず笑ってしまい、人とシェアしたくなる”広告をネットで仕掛けているのが、LINE株式会社の広告ビジネス開発部でチーフプロデューサーを務める谷口マサトさんです。今回は、谷口さんに自分の好きなことと得意なことを組み合わせた「新しい仕事」に挑戦する理由と、さえたアイデアを生み出すための仕事術について聞きました。

“好きなこと”と“得意なこと”を掛け合わせて勝負する

【リクルートライフスタイル 原田博植さん(以下、原田)】谷口さんって、「何の仕事をしてるのですか?」ってよく聞かれませんか?

【LINE 谷口マサトさん(以下、谷口)】よく聞かれます。「すごーく簡単に説明してくれ」と言われたら、「テレビ番組で言うところの、バラエティ番組を作っている人」と答えています。

【原田】テレビで言うところの番組に当たるのが、インターネットでは記事や動画などのコンテンツ(作品)ということですね。谷口さんの場合はそこに「広告」の要素が入ります。

【谷口】そうですね。コンテンツの専門家も、広告の専門家も、それぞれすごいプロがたくさんいます。だから私は、“コンテンツと広告のかけ算”をやっています。そこは取り組んでいる人があまりいませんから。

【上】無料通話や無料メールが楽しめるコミュニケーションアプリであるLINE。2016年3月16日に、サービス公開3ヶ月で累計視聴者数が1億人を突破したと発表のあったライブ配信サービス「LINE LIVE」をはじめ、その勢いはとどまるところをしらない。【下】良かれと思ったプレゼントが実は迷惑だった……、悲しい“贈り物あるある”が多数紹介される漫画「プレゼント・ハラスメントには気をつけろ!」。漫画の中では、LINE上でプレゼントを贈れる「LINEギフト」も紹介されている。2015年秋にLINEで公開された直後に、150万人以上に閲読され大きな話題となった。漫画家・山科ティナとのコラボ企画。

【原田】谷口さんはもともと、個人としても人気コンテンツを企画されていますよね。

【谷口】私は昔から、『バカ日本地図』などのネットコンテンツを個人で作っていました。好きなんですよね。一方の広告は、関わる人が多くて複雑な調整が必要な世界ですが、私はもともと請負でWeb制作をしていたので、こうした調整が得意なんです。だから、好きなことである“コンテンツ”と、得意なことである“広告”を掛け合わせて、仕事にしているんです。

2011年くらいから、コンテンツと広告を掛け合わせた「面白広告をやろう」って言っていたんです。ネットの利用者が増えると、コンテンツの重要性が高まるだろうと考えていましたから。でも当時は「何を言ってるんだ」と言われました。今では面白広告が普通になりましたが、今でも「何の意味があるんだ」と言われます。でも、まだコンテンツの時代が始まっていないので、仕方ないですね。時間がかかるというのも分かっていますから。

【原田】「まだ始まってない」というのは、どういうことでしょうか?

【谷口】ネットの影響力って、テレビに比べるとまだまだ小さい。逆転するくらいでないと、コンテンツの力を生かしきれない。世の中の空気を変えられるほどの影響力は、まだネットの広告にはありません。これからが勝負ですね。

アイデアを出すためには、“体で判断する”

【原田】谷口さんは、空手を極めるためにアメリカ留学されたそうですね。

【谷口】大学で空手部の主将だったんです。大会で負けたのが悔しくて、大学を卒業してから1年間、アメリカで空手修行をしました。テキサス州の大会で優勝したので、もういいかな、と。それで帰国した後、IT業界に入りました。

谷口マサト(たにぐち・まさと)さん。1972年、滋賀県生まれ。LINE株式会社 広告ビジネス開発部 チーフプロデューサー。横浜国立大学の建築学科を卒業後、空手修行のため渡米。帰国した後いくつかのWeb制作会社・コンサル会社を経て、ライブドアへ。現在はLINEにて、企業とのタイアップ広告企画を主に担当する。また一方で、個人サイトの「chakuwiki/借力」は累計4億PV以上。Webサイトから『バカ日本地図』などの書籍を出版、最近では『広告なのにシェアされるコンテンツマーケティング入門』を刊行するなど、幅広い活動を展開している。

空手は今でも続けているんですが、コンテンツのアイデアを出したりするのに似たところがあると思いますね。空手では、攻撃されてからいちいち対応を考えていては間に合いません。ネットでのアイデアも同じで、判断は速いほど正しいんです。ネットのユーザーはみんな、ぱっと見てすぐ「面白そう」「面白くなさそう」「役に立ちそう」「役に立たなそう」と判断する。そういう感覚を忘れないようにしています。アイデアは、時間を掛けるほど、ユーザーの感覚からズレてしまう気がします。

【原田】空手と似ているって、興味深いですね。「反射的に判断することは良くない」という人もいますが、実際ビジネスの世界では、瞬間的に精度の高い反応をしなくちゃいけないことの方が多い。

【谷口】「これをこうすると、次にこうなる」と考え出すと、アイデアは出てこなくなります。頭ってそんなに“頭がよくない”んですよ。体の方がずっと“頭がいい”。「歩く」こと1つとっても、「次はこの筋肉をこう動かして」なんて考えていると歩けません。目標を定めて、そこから逆算して行動しようとすると、煮詰まって一歩も動けなくなります。

【原田】確かに、脳がコントロールできる範囲には限界があります。

【谷口】私もまだまだ修行中ですが、武道の鍛錬は、いかに脳で考えるのを諦めるかだ、と教わっています。そこも、空手とコンテンツの企画と、似ているかもしれません。

「失敗する場」を自ら作る

原田博植(はらだ・ひろうえ)さん。株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 アナリスト。人材事業、販促事業、EC事業にてデータベース改良とアルゴリズム開発を歴任。2015年データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー受賞。

【原田】とはいえ仕事である以上、先を読むこと、安定した堅実なところを狙うことを求められます。

【谷口】ですから私は、本業に害のない範囲で、個人活動をする方がいいと思っています。今なんて、ネットがあるので個人で情報発信をするのは簡単ですし。

【原田】ただでさえお忙しいのに、どんな理由で個人活動されているのですか?

【谷口】失敗する場が欲しいからです。会社では失敗ばかりしていられません。毎回実験的なことはしにくい。でも、個人であれば、いくら失敗してもいいですよね。そこでいろいろ試してみて、当たったものを仕事に生かす。特にネットはユーザーの反応が大切なので、私個人のブログなどで試してみて、人の反応を見るということをよくやります。この間は、「仏像をテーマにしたコスプレ」ってどうかなと思って、「グラビア仏像」というのをやってみました。でも、全然ウケなくて、見事にスルーされました。「つまらない」というようなコメントがたくさん入ってきて……、鍛えられますよ。

よく「どうやったら“当たる”アイデアを出せるんですか?」と聞かれたりしますが、近くにいる人は私のことを、「それだけスベってれば、1つくらいは当たるものも出るよね」と言っています。ネットのコンテンツの最大の参入障壁って「恥」だと思うんですよ。スベり慣れてないとやっていけないです。

【原田】「失敗する場」とか「スベり慣れる」とおっしゃいましたが、そもそもそれだけたくさんのアイデアを形にしてきているということですよね。具体的にはどのような方法をとられているんでしょうか?

【谷口】企画を考えるためのLINEグループを持っていて、そこでアイデア出しを行っています。LINEグループでブレストをするのはお勧めです。時間や場所の制限なく会議ができますから。今、メンバーが20人ほどいるんですが、このグループにテーマを投げると、どんどんアイデアが返ってくるようになっています。いいアイデアに対しては謝礼を出しています。

サラリーマン一人ひとりの能力ってそんなに変わらないと思うんですよ。結局、ネットワークが肝になってきます。私の場合は、アイデアを出し合えるグループ、ネットワークを持っているのが強みです。

求められているのは共感力

【原田】ネットのコンテンツの世界で、谷口さんが注目している分野はありますか?

【谷口】ネットはすごい勢いでスマホが主流になっています。スマホは、人とのコミュニケーションが主体なので、共感力が求められる。この共感力は、女性の方がポテンシャルが高いんです。と言うわけで、最近、私は少女マンガを読んでいます。『トーマの心臓』なんてすごい。少年マンガって、ポカスカなぐって終わり。単純です。少女マンガは人間の内面を表現していて共感要素が高い。

コンテンツの業界では、女性の影響力が大きくなってきていますよね。「アナ雪」(アナと雪の女王)などは典型的ですが、女性が主人公のモノが多くなっている。女性にウケるものが世の中でウケるという時代になっています。

その一方で、なぜかネットのコンテンツの作り手は、ライターを含め、女性がすごく少ない。女性は慎重だから、Webのコンテンツ作りのような新しい職業に入るのには躊躇しているのかな? 正直私たちも、女性のコンテンツの作り手が少なくて困っているんです。これから間違いなく女性が優位になるので、今のうちに入ってきておいた方がいいと思います。

【原田】私も少女マンガが好きです。大島弓子さん、岡崎京子さん、ひぐちアサさんの世界観が好きです。谷口さん、お仕事は楽しいですか?

【谷口】楽しいです。前はずっと不安でした。企画を出す前はいつも「ウケるだろうか」とか考えて憂鬱(ゆううつ)でした。その不安を原動力にしてやっているところがありました。でも、最近は、もっとウキウキやらないとなあと思っています。「好き」とか「楽しい」の方がパワーになるような気がします。

■インタビューを終えて
谷口さん、ありがとうございました。新しいアイデアを出し続けるためには「失敗できる場を作り、スベり慣れることが必要」というのは、とても刺激的でした。もしかするとこれは、生真面目で優秀な女性ほど苦手としていることかもしれません。努力はしているのに仕事の伸び悩みを感じる、そんな時には谷口さんの仕事術を取り入れてみてはいかがでしょうか。谷口さん、これからも面白い広告を楽しみにしています。(原田博植)
原田博植(はらだ・ひろうえ)
株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 アナリスト。2012年に株式会社リクルートへ入社。人材事業(リクナビNEXT・リクルートエージェント)、販促事業(じゃらん・ホットペッパー グルメ・ホットペッパービューティー)、EC事業(ポンパレモール)にてデータベース改良とアルゴリズム開発を歴任。2013年日本のデータサイエンス技術書 の草分け「データサイエンティスト養成読本」執筆。2014年業界団体「丸の内アナリティクス」を立ち上げ主宰。2015年データサイエン ティスト・オブ・ザ・イヤー受賞。早稲田大学創造理工学部招聘教授。