建築の仕事をしていると、「本当にそれは必要なんだろうか」と思うことがあるという乾久美子さん。そんな思いを抱えていたときに出会った『動いている庭』で考えさせられたこととは?

フランスの造園作家が提唱する荒れ地の美学

『動いている庭』は半分が造園の技術書で、半分は思想書という不思議なつくりの本です。著者のジル・クレマン氏はフランス人の造園学校の先生。

『動いている庭』

といっても、私はこういう方がいるということも知らなくて、たまたま手に取ってみたところ、たいへんに面白かったんです。

この本で提唱されている「庭」は、いわゆる「荒れ地」の中に、新しい庭の可能性を見つけようというものなんです。荒れ地は一見するとただの雑草の生えた土地かもしれないけど、それも庭とみなしてみてはどうだろうと。

「建物が建てられていない部分は生物に満たされ、動きがある。それが庭の実質である」として、ご自宅の庭でも実験をされているんです。こういう色の花を植えようとか、こういう形の木を植えようという計画は一切しない。風や鳥が運んでくる種子が落ち、芽を出し、茎が伸びるにまかせていく。でも、その写真を見ると、とてもきれいなんですよ。

これはすごく新しいというか、面白い考え方だなと。人が何かものをつくるとき、完成予想図なしに動くなんて、普通は考えられないじゃないですか。

私自身、「決め事」がとても多い仕事に関わっているので、よけいそう思うのかもしれません。建築などの設計に従事していると、「本当にそれは必要なんだろうか」と首をかしげたくなるような目標値が、あらかじめ設定されていることが多いんです。

例えば被災地で、人口何十人という集落を守るために、何十億円という予算をかけて、いままで以上の規模をもつ防潮堤を再建してしまう計画なんていうのも、そういうもののひとつかもしれませんね。

乾 久美子さん「人間が人工的に手をかけるとはどういうことか、自分はそもそも何がしたいのか深く考えさせられた。」

あるいは、将来的な利用が不安視されているような広大なエリアをかさ上げすることなどもそうです。

そうしたことがおかしいなと思いつつも、われわれ建築や都市づくりに携わる人間ですらあらがえない。社会制度が硬直化していることに直面しているわけです。

震災後、そうしたモヤモヤした思いを抱えながら仕事をしているときにこの本に出会いました。

建築とは別の視点から、ものをつくるとはどういうことなのか、そもそも、人間が、自然に手をいれることとはどういうことかを問いかけられて、いろんな意味で反省させられました。と同時に、自分の主張をとてもシンプルに実行している方がいることに、勇気づけられました。

発想のリセットにもなりますね。直接的なアイデアの源泉にはならないのですが、自分がそもそも何をしたいのか、すべきなのかを深く考えさせられる一冊でした。

●好きな書店
紀伊國屋書店、Amazon

●好きな読書の場所
移動中、寝る前の布団の中

●好きな作家
吉田健一、穂村 弘

乾 久美子(いぬい・くみこ)
建築家。1969年大阪府出身。2000年に乾久美子建築設計事務所を設立。主な作品はディオール銀座、日比谷花壇日比谷公園店。11年より東京藝術大学美術学部建築科准教授。