現在、世界中の大学に起業家育成講座があるが、中でも高い評価を受けているのがスタンフォード大学で起業を教える、ティナ・シーリグ教授の講座だ。同大学からは、グーグルやヤフー、インテル、ネットフリックスのCEOや創業者など、著名な産業界のリーダーが次々と輩出している。シーリグ教授に起業の秘訣を伺うため、初夏のスタンフォード大学のキャンパスに向かった。

企業でも組織内でもどこでも使える起業概念

教授は起業を考える女性たちに「起業の技術は誰でもマスター可能」と伝えている。また、起業の概念は、会社を起こすだけでなく、大手企業の社員も、大学に残って研究員や教授になる場合でも使えると説く。「事業を起こし、始めようとする技術や意欲は、どんな立場で何をやるにしろ重要。問題やチャンスを捉え、手に入るものを使ってアイディアを形にし、問題を解決する姿勢が起業への一歩だからです」

ティナ・シーリグ教授

クリエイティブな能力、未来を発明する革新的な考えは、特別な人だけに備わったものではない。知識、技術、経験を駆使して、創造性を発揮し、課題や問題に対処するユニークな解決策を生み出し、イノベーションを起こす。独自のアイディアが展開されるようになると、他人の創造力も鼓舞し、起業家精神に結実していくという。

シーリグ教授の講演はシリコンバレーのエグゼクティブや投資家のベンチャー・キャピタリストらにも絶大な人気を誇る。昨年はシリコンバレーの記念碑的なSVフォーラム・ビジョナリー・アワードで表彰されたほどだ。彼女が起こした実績は学問の分野から産業界、投資業界と幅広い人脈につながっている。教え子たちは起業だけでなく、起業に投資するVCで学べるプログラムにも参加する機会が与えられている。メイフィールドなどシリコンバレーの著名な3つのVCが、それぞれ12人、総勢36人の学生たちを9カ月間受け入れている。

シーリグ教授の型破りで愉快な授業は、彼女の生きざまそのものといえる。東海岸ペンシルベニア州出身の教授はヴァージニア大学の修士に進んだが、1学期だけ過ごして、西海岸へ旅に出る。自分が何をやりたいのかを探すためだ。

カリフォルニア大学サンタクルーズ校図書館で神経科学の文献を9カ月間読みあさって過ごした後、スタンフォード大学の教授たちにリサーチの仕事を求めて手紙を書き、医療器具を調べる仕事を得て、そこから専門の神経科学の研究室でリサーチアシスタントになった。

同大の医学部に進み、神経科学の博士号を得たが、バイオ分野で起業したいと思った彼女は、大手コンサルティング会社「ブーズ・アレン・ハミルトン」の面接で脳の研究と経営コンサルタントの仕事の類似点を説明し、ビジネスを知る足掛かりとなるコンサルタントとなった。

「自分が誰か、何をやりたいかを知り、何でも経験を積むことが大切です」

女性が結婚して子育てする道を選んでも、子育てから起こるさまざまな問題に前向きに対処していけば、先が開けていくという。教授も子どもが小さいうちは、子ども向けの本を書いたり、ウェブサイトを自ら立ち上げたりした。

「自分に何ができるのか。今日やったことが、明日のあなたをつくるのです。リミットはない。やってみなさい」

ティナ・シーリグ
スタンフォード大学医学部博士号を取得後、現在は同大学経営科学・工学部の実践教授。STVPのエグゼクティブ・ディレクターとして、約16年間起業家としての技術を学生たちに伝授。著述や講演も行っており、長男・ジョシュに向けて書かれた『20歳のときに知っておきたかったこと』(阪急コミュニケーションズ)は 、日本でも数十万部のベストセラーに。2011年にはNHK「スタンフォード白熱教室」にも登場。新書『Insight Out』が今年5月に出版されたばかり。