日本人はとかく、国際的な現場で主張するのが下手だと評される。しかし人道支援の分野では、「主張型」ではなく、「調和型」の日本的なチームづくりやプロセスが評価されているという。今後日本が世界で存在感を出すためにできることとは? 国連難民高等弁務官事務所の守屋さんと考える。

人道支援の現場で、日本人DNAが期待される理由

日本は国際社会において、成熟した価値観を持ち、さまざまな成果を上げています。実際、難民問題について誇らしいことが3つあるので紹介しましょう。

1つ目がODA(政府開発援助)です。難民支援の現場に、私たちが納めた税金から抽出した公的資金を、無償や貸与で拠出しています。これは本当にすばらしいことです。難民を死のリスクから救う助けになっていますから、ぜひ続けてほしいと思っています。

2つ目が、我らの大先輩、緒方貞子さんの存在です。緒方がUNHCRのトップ、国連難民高等弁務官だった1990年代は、バルカン半島危機、イラク問題、アフリカのルワンダ辺りにも問題が勃発するなど、あらゆる人道危機に直面していました。

国連難民高等弁務官事務所 駐日事務所広報官 守屋由紀さん

緒方さんの就任まもなく、イラクのフセイン政権の圧政から逃れるために、クルド人がトルコやイランに移動し始めていました。ところが、トルコ側が国境を封鎖。そもそもUNHCRは国境を超えて逃れてきた難民を支援する組織だったので、国境を封鎖されてしまったからにはトルコ側で待機するほかありません。

国際的な取り決めで、難民たちが国境を超えてこない限り、国内干渉になってしまうから手を出せなかったのです。そこで緒方さんが「なぜ支援できないの?」と一言。「出てこられない人たちを保護できないのはおかしい。その国から迫害を受けている人たちを、なぜ国際的に保護できないの?」と。

緒方さんはそう言うと、すぐさま国連総会にかけつけて、難民条約の解釈を変えさせたのです。官僚的なルールだけにのっとらず、人道的かつヒューマニティな解釈に則して、手を差し伸べなければならないと。それ以来、UNHCRは国内避難民に対しても支援を提供できるようになりました。

日本人が世界のルールの解釈を変えさせたんですよ! 人命を左右するようなルールを。緒方さんは難民問題のリーダーとして、今も世界から尊敬を集めています。彼女の存在があるから、人道支援の現場で日本人はリスペクトされ続けているのです。

UNHCRの職員は全世界で9300人ほど、うち日本人は約80人です。意外だと思われるかもしれませんが、実はどこの現場でも日本人はとても重宝がられています。

もともと日本人が持っている親和性、中立的な立場をとるバランス感覚が、多国籍からなるチーム活動で、とても重要なポジションとして求められることがその理由です。現場のチームでの仕事は多岐にわたりますが、難民たちが何を求めているのか、難民の立場になって活動するという姿勢も評価されています。

日本人だってもちろん、チーム内で自己主張します。でもそれは、チームとしての最大限の成果を上げるための提言だったりする。自国の主張だけを通そうとする、あるいは強力にイニシアチブを取りたがる……UNHCRのチームは国際色豊かで、バックグラウンドの文化が違えば、宗教もさまざまですから。どうやらその中でも日本人は、上手に意見を取りまとめることができるようなんです。これが3つ目の誇りです。

多様性を受け入れ、次世代調和型の組織をつくる

日本社会もグローバル化がどんどん進み、さまざまな職場が国際色豊かになりつつあります。外国人がいると衝突することがあるかもしれませんが、理解し合えば歩み寄れるし、乗り越えていくことも、新たな解決法を見つけることもできます。

問題の原因は、大抵お互いを知らないことにあるわけです。日本人には協調性という適性があるのですから、外国人が加わることで、非常に多様性に富んだ調和型の職場になれるのです。「Welcome」とおおらかに考えると楽しさが広がりますよ。

難民も同じです。ユニクロを展開するファーストリテイリングの「難民インターンシップ」で社員として働いている女性は、生き延びられて“今”そこにいること、与えられた機会を最大限に生かそうと張り切っています。その前のめりな姿を見ると、日本人スタッフも「頑張ろう」という気持ちになるという話を聞きました。彼女のような人が一人いると、組織は成熟します。難民人口が増えているということは、日本にそういうチャンスが増えているということです。

国連難民高等弁務官・広報官というシゴト

また、もし興味があれば、国連関係で働くという選択もあります。国連は、一度社会人になってからでも、再スタートして働ける職場です。新卒採用でなく、即戦力が求められている現場なのです。

現在、日本での国連職員への道としては、外務省のJPO(ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー)制度があります。2年間インターンシップを体験することができて、いずれ正規職員として働くための足がかりとなる制度です。 いくつかの条件や書類審査はありますが、関心のある方はチャレンジする価値あり! 日本人の特性は国連の現場で非常に重宝がられるので楽しいですよ。

国連難民高等弁務官の広報官として、今UNHCRで、日本語を使って広報するのは全世界で私だけです。海外からグローバル発信されていることを国内へ、また、日本で起こっていることをグローバル発信するのも私の仕事です。

毎日どんなに大変でも、あるいは無駄かな、と迷うようなことがあっても、一つひとつのアクションが家を追われている6000万人の助けになっているはず、と信じて行動しています。そうすれば、無理難題も乗り越えることができるんです。

何のために仕事をするのか

そもそも私のこのキャリアのきっかけとなったのは、幼少の頃住んでいた、メキシコでの体験でした。家族で食事をしていたレストランの外で、親子で物乞いをしている様子を見たのです。その時は子どもながらに「怠惰な人たちだ」と思っていたのですが、ティーンエイジャーになった頃、「これは違うぞ。社会的な構造が原因ではないか?」と思い至り、社会的な弱者に目を向けるようになったのです。

何のために仕事をするのか。

私の場合は「弱者救済」と目的が明確ですが、もし、自分が何のために仕事をしているのか悩むようなことがあったら、今一度、目的は何かを、自分自身で突き詰めることが大切だと思っています。目的意識がしっかりしていないと空回りするばかりですから。

その上で、私の使命は一人でも多くの方に難民問題を知っていただくこと。そして、多くの人が難民について議論できる社会にしていきたい。そう考えています。


【守屋由紀さんのお気に入り】

 ■感銘を受けた本  『ねじまき鳥クロニクル』  村上春樹著(新潮社刊)
……最近読んだ本です。相変わらず難解でしたが、戦後70周年の今年、この作品に触れることができたことは感慨深かった。いろいろな所で見聞きしたことと戦争の話がつながり、当時についてもっと学んでみたいと思いました。

 ■モチベーションをあげるもの  カラオケ
……ドリス・デイ「ケ・セラ・セラ」で口火を切り、最後はクイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」。長い歌なので聞くほうも疲れてきますが、「マンマ・ミーア」の部分は「さぁ、皆さん、ご一緒に!」と盛り上がります(笑)。

 ■癒すもの  猫&居酒屋巡り
……猫を飼い始めて15年。現在は、雑種2匹と暮らしています。でも、実は猫アレルギー。リビング限定で遊んで、癒されています。居酒屋巡りは、以前は日本酒党でしたが、糖質制限ダイエットを始めてから、もっぱらホッピー派です!

 ■お気に入りのおやつ  チョコレートとナッツ
……UNHCRの本部は、スイスのジュネーブ。本国の出張者がお土産に持ってきてくれる、スイスの素晴らしくおいしいチョコレートが大好きです。かたや、自分で買うのはクルミなどのナッツ。体のことは気をつけているので、事務所のある表参道のナチュラルハウスなどで、無農薬や有機栽培のものを買い求めます。あと、リンゴもよく丸かじりしています。


守屋由紀
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)駐日事務所 広報官。1962年東京都生まれ。父親の仕事の関係で、日本と海外(香港、メキシコ、アメリカ)を行き来しながら育つ。獨協大学法学部卒業後、住友商事に入社。5年後、結婚を機に退職してアンダーソン・毛利法律事務所へ。1996年、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に採用され、2007年より現職。