保育士不足で保育園がふやせない

待機児童の多い都市部では、認可保育園の整備が急ピッチで進められていますが、そこに立ちはだかっているのが、保育士不足です。保育士が採用できないために、開園が遅れる園もあります。すでに開園している園でも、保育士がやめて保育が継続できなくなり、行政が支援するケースもありました。

一方、保育士資格をもっていても保育士として働かず、現場から離れている「潜在保育士」は68万人(2011年)にものぼります。いったいこの保育士不足の背景には何があるのでしょうか。

根本的な問題は明らか

すでに言われているように、保育士の待遇が低いことが保育士不足の根本的な問題です。民営保育所の保育士の平均給与は約21万円とされていますが、これは全職種平均の約30万円を9万円も下回っています。潜在保育士への調査では、保育士としての就業を希望しない理由のトップは、「賃金が希望と合わない」でした(グラフ参照)。

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保育士が保育士として就業を希望しない理由(回収総数958件)

認可保育園等の運営費の大半は公費で賄われているので、国や自治体の保育にかける予算を大幅にふやして保育士のお給料を上げることがいちばん重要と思われるのですが、ここ数年、安倍首相お膝元の行政改革等を進める会議からは、保育士の配置基準や資格要件の緩和など、むしろ「もっと安く雇おう」とする提案が相次ぎ、そのたびに大議論になりました。そうこうするうちに、保育士不足はますます深刻化しています。

子育て環境が悪化する中、保育士に求められる専門性は幅広くなっています。安全・衛生などの基本的な事柄から、子どもの人格形成期にふさわしい教育、多様化する子どもの発達への支援、保護者支援、貧困や児童虐待懸念などの福祉的ニーズへの対応などなど、資格取得時に求められる知識や技術を、経験によってさらに広げ高度化していく必要に迫られているのです。

このような保育士に求められる専門性が、政府や一般社会に十分に理解されていないことが、問題の根源にあります。

基準の緩和が悪循環を生む

2015年12月4日、国は幼稚園教諭や小学校教諭を保育士の基準配置数に含め、保育士の代わりを務められるように基準を緩和する方針を発表しました。保育士以外の人材が入ることで子どもによい影響があるという意見もあります。確かにそうだと思います。でもそれは、最低基準の配置数を保育士で満たした上でのプラスαの部分でなくてはなりません。

基準人員の保育士(担任の先生)は、0歳からの子どもの発達や心理を把握し一人ひとりにそった保育を考え提供する役割をもっています。専門的な視点から保育の計画を立て、記録をとり、クラスのあり方・保育環境のつくり方を考える核となる人たちです。保育士配置基準の緩和は、保育の質の低下をもたらすとともに、保育士の士気を下げる危険性もあります。

芸術家やスポーツ指導者、地域の年配の方や学生などが非常勤やボランティアなどとして保育現場に入ることはすでに行われています。これと、保育士の基準配置数に無資格者を含めることはまったく違う問題です。

基準が緩和されると、コストが削減され、どうしても低いほうに流れる傾向があります。定員超え受け入れの常態化、園庭のない施設の増加、保育室の狭隘化。その結果、保育環境が悪化し、保育士の負担はふえています。

意欲的な保育士は、乳幼児期の子どもの発達について学び、保育への夢を描いて現場に入ったと思います。ところが、物理的環境や人的な環境の悪化がそんなことを考えるゆとりを奪い、夢やぶれて現場を離れるケースも少なくありません。

基準の緩和は、保育士の負担をふやし、離職を促進しています。

公立保育園の民営化が保育士不足に拍車をかける

公設公営で働いている保育士は公務員です。安定して働ける身分であるため、ベテランも多く在職しています。公立保育園が民営化(公設民営化・民設民営化)されると、これらのベテラン保育士はほかの職場に配置転換されることになります。もちろん、行政部門に入って、保育課で民間保育園の助言や指導などに従事することも有効な人材活用策です。

しかし、この保育士不足のときに、わざわざ民営化をしてベテラン保育士を現場から遠ざけ、それを引き継いだ民間事業者が保育士争奪戦に参戦するというのは矛盾しています。また、一生安定して働ける職場としての待遇に恵まれた公立保育園の減少は、これから保育士をめざそうとする人たちの意識にも影響を与えると思います。

長時間労働慣習が社会のコストになっている

都市部の認可保育園の大半が延長保育を実施するようになり、2時間、4時間の長時間延長を実施する園もふえてきました。

かつて短時間勤務制度もなく、1時間の延長保育さえ普及していなかったころ、フルタイマー共働き家庭は本当に苦労したので、これは大きな改善でした。その反面、長時間延長が保育士のローテーションを厳しくしている面もあります。

親は会社に残業を求められ、それをカバーする延長保育が行われていれば、仕事に頑張ってしまいます。その結果、親自身が疲弊してしまうこともあります。長時間延長を切実に必要とする家庭のニーズに保育園は応える必要がありますが、社会全体として考えた場合、残業で延長保育の利用がふえるような事態は、仕事と子育ての両立がより困難になり、延長保育の経費が膨らみ、保育士の労働条件がさらに厳しくなるというネガティブな影響が懸念されます。日本企業の長時間労働の慣習は、社会のコスト(負担)になっているのです。

保育を縦に伸ばすために使われている保育士の力を、横に伸ばす(より多くの人が保育を利用できる)ことに使うためにも、社会全体としてワーク・ライフ・バランスを進める必要があります。

すぐに対策を打つ必要

都市部の子育て家庭が、急速に共働きに舵を切っている状況下、また、国も経済や社会保障の将来をにらんで「一億総活躍社会」という旗をふっている以上、保育士不足への対策は急がなくてはなりません。2013年で認可保育園に働く保育士は35.6万人、2017年度には46万人が必要になると推計されています。この人たちが「よくなった」と実感できる変化が必要です。

OECDは国家の教育投資において、乳幼児期はもっとも費用対効果の大きいものであることを明らかにしています。保育士が経験や力量に応じた報酬を得られるように保障するという単純明快な対策から、まず取り組む必要があります。

保育園を考える親の会代表 普光院亜紀
1956年、兵庫県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。出版社勤務を経てフリーランスライターに。93年より「保育園を考える親の会」代表(http://www.eqg.org/oyanokai/)。出版社勤務当時は自身も2人の子どもを保育園などに預けて働く。現在は、国や自治体の保育関係の委員、大学講師も務める。著書に『共働き子育て入門』『共働き子育てを成功させる5つの鉄則』(ともに集英社)、保育園を考える親の会編で『働くママ&パパの子育て110の知恵』(医学通信社)、『はじめての保育園』(主婦と生活社)、『「小1のカベ」に勝つ』(実務教育出版)ほか多数。