今年9月、トルコ南部の海岸に漂着したクルド人シリア難民・3歳男児の写真が、世界に衝撃を与えたニュースは記憶に新しい。長期化する内戦や紛争を背景に、2015年は今までに類を見ないほど急激に難民人口が増えた1年となった。その振り返りと打開策を国連難民高等弁務官事務所の守屋由紀さんと、3回にわたって考える。
危機的に増え続ける難民
私たち、国連難民高等弁務官事務所(以下UNHCR)は、1950年、国連総会によって設立された、世界規模で難民を救済する組織です。スイス・ジュネーブに本部を置き、現在125カ国、341の地域で9300人以上の職員が活動しています。
年々、中東や北アフリカからヨーロッパを目指して地中海を渡る難民が増えています。特に今年はシリア情勢の悪化もあり、地中海を渡った難民は90万人に上ります。そんな中、今年9月、世界中を突き動かしたとても悲惨な事件が起こってしまいました。シリアからトルコに、さらにギリシャへ、家族と脱出を試みた3歳児を乗せたボートが転覆、溺死したその男の子が海岸に打ち上げられた事故です。自国を追われ海を渡る避難民にとって、この事件はほんの氷山の一角に過ぎませんが、この写真により、難民問題の危機を思い知らされた人が多いのではないでしょうか。
難民とは、国籍や信仰する宗教、政治的な意見の違いなどで迫害を受け、自分の国ではないところへ逃れている人たちのことです。長期化しているシリア紛争はとかく注目されますが、人道危機は中央アフリカ共和国、南スーダン、ナイジェリアなど、さまざまな国で生じています。アフガニスタン、ソマリア、コンゴ民主共和国などの長引いている紛争も含め、ここ5年間に世界15カ所で紛争が起きています。
当然、難民も増えていて現在、世界で6000万人に上る人々が、難民もしくは国内避難民として家を追われています。6000万人って、日本の人口の約半分ですよ。ものすごい数字です。
特に最近の紛争は長期化する傾向があり、備えをもって避難した人も、長引く避難生活で資金が底をついてしまうケースが多いんです。その一方で難民は増えるばかり。私たち国連機関など人道支援を提供する側は、とかく活動資金不足です。生き延びるための水、シェルターなど、あくまでも生命を維持するのに最低限のベーシックなものしか提供できないジレンマにさいなまされています。
さらにショッキングだったのは、今年、国連WFP(World Food Programme)という食糧援助機関が、食糧計画において配給の大幅カットをし始めたことです。難民問題はかつてないほど危機的状況を迎えています。
急激な難民増加と直面する資金不足に、どう対処できるのか。私たちUNHCRの活動は、各国政府、民間企業、さまざまな団体や研究者、個人の献金などによって支えられています。今回は民間企業の知恵が最大限に生かされている、代表的な2つの支援活動を紹介させてください。
民間の力で難民支援:服のチカラ
1つ目の支援活動は、アジアで初めてUNHCRのグローバルパートナーとなった、ファーストリテイリングの取り組みです。
ユニクロを展開するファーストリテイリングは、2006年から、着なくなった衣類を難民に届けるお手伝いをして下さっています。着のみ着のまま逃れてきた人たち、例えば夏に逃れた人は、どうやって冬を乗り越えるのか、あるいはもう何年も衣類支援を受けられなくてボロボロの服を着ている人には何が必要なのか。成長期の子供も例外ではありません。人間が生きる上で欠かせない衣食住の「衣」なのに――。そんな現状を話したのがきっかけで、ユニクロがもともと手がけていた、フリース回収のプログラムをさらにレベルアップしてくださることになったのです。
現在は、あらゆるユニクロブランドの服を回収し、リユースできるものを難民キャンプに届けているんです。ユニクロのCSR活動の一環として、輸送コスト、通関などは全てカバーしてくださり、難民の方々に手渡すところまで社員の手で行っています。物資を滞らせないためにも、入口から出口までしっかりやりたいと徹底されています。
実際に難民キャンプに出かけると、ニーズを見つけてくることができます。服も地域や民族によって色や形など結構好みに違いがあるんですよ。宗教上の理由もあって、例えば体の線が目立たない服など、現地の文化に配慮しながら送っています。
ユニクロでは回収した服を、季節ごと、男女別、大人用子供用に仕分けし、現場のニーズを汲み取って配分します。ユニクロブランドはシンプルな服が多いので、現地の皆さんの民族衣装とよくなじんでいます。リバーシブルも2着分楽しめると喜ばれるのだそう。ファーストリテイリングは、2011年より、アジア企業として初めて、UNHCRとグローバルパートナーシップを結んでいます。
さらに新たに始めたのが、小・中・高校への啓蒙活動です。日本では難民問題はあまりにも知られていませんから。ユニクロのプロジェクトを通して難民のことを知ってもらうのが狙いです。
学生の皆さんには、「日本人は服を毎日着替え、季節によっても変える。服は自己主張できるおしゃれのアイテムのひとつ。でも、服が限られている状況では、暑さや寒さ、病気から身を守るためのもの。そのほか、学校へ行ったり、社会参加したり、あるいは女性が発言するために必要なもの、服の用途には日本では意識することのない役割があります。人間の尊厳を保つために服は必要なのです」と伝えています。
またこの活動では私たちUNHCRも学校へ出向きますが、職員の数にも限りがあるので、全国約800店舗を展開しているユニクロの各店長さんにもご協力いただいています。ユニクロでは難民に雇用機会も提供していて、インターンシップの後、現在13名が働いています。UNHCRにとって、とても心強いパートナーです。
民間の力で難民支援:明かり
2つ目は、UNHCR最大のグローバルパートナー、IKEAを展開するイケア・ファウンデーションの取り組みです。彼らとは2010年よりパートナーシップを結んでいて、住居ユニット(シェルター)の開発や提供、マットレス&ベッドリネンの寄付など、衣食住の「住」を主軸に、さまざまなイノベーティブなアイデアで難民問題に協力いただいています。
2014年から取り組んでいるのが、「難民キャンプに明かりを届けよう!」キャンペーンです。国境に近い辺境地では明かりがなく、テント暮らしの難民キャンプは夜になると真っ暗になります。日本では想像できないくらい深い闇に包まれてしまうのです。日が落ちるとさまざまな活動をストップせざるをえないので、暗くなる前に食事を済ませて眠り、明るくなったら起きる。そんな生活を、情勢が改善されて本来の住まいに戻る日まで、来る日も来る日も繰り返しているのです。
明かりがあったら、家族が語らう時間が長くなるかもしれないし、キャンプ内で教育を受けている子供たちは宿題ができるかもしれない。難民キャンプでは、炊事場やトイレは屋外にあるので、街灯があれば夜間出かける際の危険を軽減できます。表には出てきませんが、レイプや誘拐など、暗闇は深刻な危険をはらんでいるのです。
安全を求めて逃れてきた難民の方々にとって、難民キャンプは安全であるべき場所。明かりがあれば、本来の安全が手に入り、快適に過ごすことができます。
このキャンペーンでは、IKEAで全ての照明製品を一つ購入するごとに1ユーロがUNHCR活動に寄付されます。昨年は2回実施し、1850万ユーロの寄付が集まりました。ソーラーランタンや太陽電池式の街灯、太陽電池式エネルギーシステムが提供され、エネルギーの自立を支援いただきました。
さらにこのキャンペーンは、子供の教育の機会を提供する支援にもつながります。難民の方々が必要とされているのに私たちUNHCRが資金不足で提供しきれていない部分に、しっかりと手を差し伸べていただいている本当にありがたい支援です。
難民支援の一歩
ちょうど今、今年のキャンペーンの真っ最中(~2015年12月19日)。日本のIKEAも参画していますので、協力をよろしくお願いします。IKEAに出かけてLED電球や照明器具を買う。このアクションがUNHCRへの寄付になります。
自らのアクションは心に残ります。実はそれがとても大事なんです。難民問題は遠く離れた地域のことかもしれませんが、今まさに起きていること。アクションしたことで、メディアで流れるニュースに関心を寄せるようになり、自分もこの解決に携わっているんだ、という当事者意識につなげることができます。この意識づけが広報官としての私の仕事です。
※支援をご希望の方は~「もし、明日、故郷を追われたら(国連UNHCR協会)」https://www.japanforunhcr.org/
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)駐日事務所 広報官。1962年東京都生まれ。父親の仕事の関係で、日本と海外(香港、メキシコ、アメリカ)を行き来しながら育つ。獨協大学法学部卒業後、住友商事に入社。5年後、結婚を機に退職してアンダーソン・毛利法律事務所へ。1996年、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に採用され、2007年より現職。