孤軍奮闘の日々

私がJFEに入社したのは4年前のことです。当時もいまも第3製鋼工場に限らず、鉄鋼業界には女性エンジニアがまだほとんどいません。この部署でも女性は私一人だけで、同期の友達もそれぞれの部署で孤軍奮闘しているという感じです。

JFEスチール 東日本製鉄所 中村春香さん

理系学部出身の私たちにはもともと、「男性職場」に対する違和感はありませんでした。ただ、当初は現場のオペレーターさんたちがずいぶんと驚いていましたね。工場内では「ご安全に」と挨拶を交わします。その声が私だけ高くて注目を浴びたり――。

働き始めてすぐの頃は、「女性が来る場所じゃないよ」と言われることも確かにありました。「この子は怒っても大丈夫かな」という遠慮も周囲にあったようです。

それで少し悩んだ時期もあったけれど、これからこの業界を目指す後輩たちに私から言えることがあるとすれば、そうした雰囲気は自分の働き方次第ですぐになくなっていくということです。

例えば私が心がけてきたのは、単にオフィスの机で仕事をするだけではなく、一日に一度は必ず工場に顔を出して、オペレーターさんと会話をすることでした。いつもにこやかに「ご安全に」と元気に挨拶をすること。それを毎日しっかり続けるうちに、自然と受け入れられていったという気持ちがあります。

それから大事だったのは、仕事を進める上で常に自分の意見をしっかりと言う姿勢でした。何か現場で問題が生じたとき、相手の話を聞くのはもちろんですが、あくまでも「自分はこう考えているけれど、あなたはどう思いますか」と考えを先に述べる。実際にモノを作ってくださっている現場の方々に対して、エンジニアの立場からデータを上から示すのではなく、お互いの意見をすり合わせるように対話を重ねる姿勢が、何よりも大切だと感じています。

最近になって少し嬉しいのは、そうするうちにオペレーターさんたちから、いろんな相談を受けるようになってきたことです。現場が困っているとき、「中村に聞けばわかるよ」と言われるエンジニアになるのは、私にとっていまの大きな目標の一つです。

日本で唯一の底吹き式転炉

それからもう一つ、就職して4年が経ったいま、自分のモチベーションになっていることがあります。

実は第3製鋼工場の転炉は、世界でも珍しい「底吹き転炉」と呼ばれる方式を採用しているんです。
溶けた鉄に酸素を吹き込む転炉には、上から空気を吹き付ける「上吹き式」と私たちの「底吹き式」があります。

底から酸素を供給するタイプの転炉は日本ではここだけ、世界でも3つしかない非常にめずらしいものなんです。

転炉の下から直接酸素を供給する底吹き式のメリットは、鉄よりも先に大気と触れてしまう上吹き式と比べて、お湯に届く酸素量が多いことが挙げられます。それだけ効率が良く、鉄の品質も高くできます。一方で設備に何か不具合があると、溶けた鉄が漏洩してしまうかもしれない、というリスクがあります。

よってどの工場でも安全な上吹き転炉方式を採用しているわけですが、私はやはり品質面でメリットのある底吹き式に可能性を感じているんです。

この部署で4年間を過ごすうちに、底吹き式の転炉に愛着を感じるようになりましたし、今後の施設の更新時にも世界で稀有なこの転炉を受け継いでいきたいと思っています。

決断できるエンジニアでありたい

自分のキャリアを考えるとき、現在の研究対象である転炉の知識を、一本の幹として育てていきたいという思いが私にはあります。また、まだ女性の先輩エンジニアが社内にいないので、今後は配置転換で工場の現場に出たり、研究所に行ったりする中で、常に自分が道を切り開いていくことになるんだ、という責任も感じています。

その中で大切なのは、「決断のできる人間になること」だと思っています。結果が成功であろうと失敗であろうと、どんなときでも優先順位を決め、「自分はこう思う」と物事をきちんと決められるエンジニアでありたい。そうすれば、どんな部署や立場になってもやっていける、という気がするからです。

今後は自分のような女性のエンジニアも徐々に増えていくはずですから、10年後にはずいぶんと社の雰囲気も変わっていると思います。そのときに良い先輩でいられるよう、あまり気を張り過ぎることなく、あくまでも自然体で歩いていきたいですね。

●手放せない仕事道具
現場に入る時のヘルメット、ノート、筆記具

●好きな言葉
ありがとう(いつでも感謝の気持ちは忘れずにいたいので)

●ストレス発散法
いっぱい食べて、いっぱい飲んで、いっぱい寝る

 
中村春香
1987年生まれ。2012年、早稲田大学大学院基幹理工学部修了後、JFEスチール入社。東日本製鉄所(千葉地区)製鋼部へ配属。第3製鋼工場の転炉精錬を担当、配属後は、転炉精錬・2次精錬を担当。趣味は旅行。最近は、ダイビングで海の中の世界を楽しむことにはまっている。また、仕事のおかげで日曜大工がうまくなり、部屋の家具は自分で作る(愛用品はドリル)。