やりたいことを実現するには、周囲の人々を味方につけることが大事です。この連載では、研修・講演依頼があとをたたないスピーチコンサルタントの矢野香さんに、他者に自分を印象づけるスキルについて聞いていきます。
話し方を一つひとつ点検して改善することで「私プレゼン力」はアップします。根拠が薄く、情報源が明らかでない話し方をする人は信頼されません。そうならないためには具体的にどうすればいいのでしょうか。
まずは「事実のみを話す」ことです。ポイントは、「ぼかし言葉を使わない」「『思います』を使わない」「推測で話さない」の3つです。「ぼかし言葉」には、「約」「およそ」「くらい」「たくさん」などがあります。上司に「会場に何人来ていたの?」と尋ねられたら、「100人ぐらいです」とか「いっぱい来ていました」などと答えるのではなく、「99人です」「101人です」と数字を具体的に、正確に話すことが大切です。金額に関しても1円単位まで、きちんと事実を伝えます。
部下を持つ立場なら、「とにかく急ぎでこれやって」ではなくて、「火曜日の14時までに仕上げて」と具体的な日時を入れて指示をする。「これを先方が待っているから超急ぎでお願いね」といった言い方をしてしまうと、感情的に聞こえます。
2つ目のポイントです。「思います」という言い方を多くの人が使っています。口癖になっていたり、文の終わり方がわからないから「思います」を付けてしまったり、「いまからご報告したいと思います」「お時間をいただきたいと思います」など、文末の定型句として使っている人も少なくありません。本来なら「ご報告します」「お時間をください」で十分。口癖としての「思います」はやめましょう。
3つ目のポイントの「推測で話さない」ことも大切です。「社に戻ってから相談しますが、いけると思います」などと推測で物事を語らない。実際どうなるか不確定だからです。もし本当に「いけると思う」と言いたいなら、「これまでの経験から他社さんで同じような例がありました。私としてはいけるのではないかと考えています」というように、根拠を伝えます。
推測で話さないためにぜひ使っていただきたい定型句が「○○によりますと」です。「警察によりますと」「消防によりますと」など、出典や情報源をすべて明らかにしてください。「弊社の担当の者によりますと」とか、「わが社の社長の△△によりますと」でも構いません。
また、「話す内容」や「言葉づかい」の改善で一番大きなポイントは、「事実と感情を分ける」ことです。特に女性の場合は、感情的だと思われがちです。そう思わせないためには、1つの文の中に感情と事実をミックスしないことが大事になります。
先に「思います」は使わないとお伝えしましたが、事実と感情を分けるということは、事実のみを話すことと、感情はうまく伝えていかなければいけないということです。そのときは「思います」を使います。ただし、「私はこう思います」のように主語を必ずつけることがポイントです。日本語は主語を省略できてしまうので、誰が思っているのか、どういう立場で思っているのか、それを明確にします。
例えば上司として、残業で遅くまで残っている部下たちに帰ってほしいとき。「まだ作業が残っていて大変だと思うけれど帰って」と言えば、部下たちは不快になるはずです。そこで、主語をきちんとつけて「私個人的には、みんながこんなに遅くまで残って頑張ってくれるのはうれしいし、まだ作業が残っていて大変だと思うけれど、上司としてはあまり残業させられないので帰ってほしいと思っている」というように話します。個人的な思いや立場としての考えを言う。これは、取引先や顧客に対しても「担当としてはうれしく思います」とか、「弊社としては今回の成功をうれしく思っています」というように使うことができます。
事実と感情を分けるためには、2つの文に分けることも大事です。残業する部下の例を前述しましたが、「みんなが遅くまで残って頑張ってくれるのは……」と1つの文で言うのではなく、「みんな毎日、遅くまで残ってくれているね」とまず事実で1文を終える。さらに、「私としては、みんなが頑張ってくれているのですごく頼りになるなと思っています」というように続けます。
また、話す順番にも気をつけてください。事実を先に言ってから気持ちを伝えます。感情↓事実だと「やっぱり女は」と言われてしまいがちです。ただ、上級編として、喜びを伝えたいときは感情→事実→感情と、事実を感情でサンドイッチにすると効果的です。例えばチームが好成績を挙げたときは、「うれしいね。すごいね」「全国の支社の中で私たち1番だったんだよ。先月までは10位だったのがいきなり1番だよ」「上司としても担当としてもうれしいし、誇りに思うよ」というように褒める。
感情をうまく伝える方法には、「I(アイ)メッセージ」があります。「あれして、これして」という指示(=YOUメッセージ)ではなく、「こうしてくれると私は助かる」というように、「私は思う」と自分目線で言う方法です。指示しにくい上司に対しても、「こういうふうにしていただけると私たちは助かるのですが」と、自分側に持っていきます。これはプライベートでご主人や子どもにも使えます。「あなたはなんで脱いだものを洗濯機に入れてくれないの」ではなく、「洗濯機に入れてくれると私はうれしいな」というように。感情↓事実↓感情のサンドイッチも使って、「ありがとう。うれしいわ」「靴下、洗濯機に入れてくれたのね。そうしてくれると私は助かるわ」と言う。すると、次からもしてくれるようになります。これは、心理学で「強化」といい、犬の訓練などでも使われます。自分の生活を過ごしやすくするためには、上司や夫、子どもを訓練することも大切ですね(笑)。
自分の思いを伝えやすくするためには、環境を整えることが大事。周囲とコミュニケーションを密にする。味方にしてしまう。教え込んでいく。詳しく知りたい人は、「学習心理学」で検索してみてください。子どものしつけ、部下の育て方など「強化」の方法がいろいろと出てきます。
信頼を勝ち取る「正統派スピーチ」指導の第一人者。NHKキャスター歴17年。大学院で心理学の見地から「話をする人の印象形成」を研究し、修士号取得。現在、国立大学の教員として研究を続けながら、政治家、経営者、上級管理職などに「信頼を勝ち取るスキル」を伝授。全国から研修・講演依頼があとをたたない。著書にベストセラー 『その話し方では軽すぎます! エグゼクティブが鍛えている「人前で話す技法」』(すばる舎)など。http://www.authenty.co.jp/