2015年10月に行われた、「ヴァイタル・ヴォイス」と「バンクオブアメリカ・メリルリンチ」の協働による「グローバル・アンバサダー・プログラム」。前回のレポート(http://woman.president.jp/articles/-/758)に続き、本記事では1週間にわたって行われたメンタリング・プログラムの中から、メンター×メンティ2組の話を聞いた。まずは創薬ベンチャー企業設立CEOを経て、財団理事長である久能祐子さんと、社会起業家・岩附由香さんのペアを紹介しよう。メンタリングを終えて、どのような成果があったのだろうか?

(写真左)メンターとしてプログラムを支えた、S&R財団 理事長 久能祐子さん(写真右)メンティとして参加した、認定NPO法人 ACE代表 岩附由香さん

メンター:S&R財団 理事長 久能祐子さん
京都大学大学院工学研究科修了。工学博士。生命科学分野の研究に携わった後、アメリカ、アジア、ヨーロッパで医薬品の研究開発・製造を行う企業、Sucampo Groupを設立、そのCEOを経て、2000年に財団を設立。芸術、科学および社会起業の領域で活躍する若者を支援している。S&R財団ホームページ http://www.sandr.org

メンティ:認定NPO法人 ACE代表 岩附由香さん
上智大学文学部卒業。大阪大学大学院国際公共政策研究科(OSIPP)博士前期課程修了。大学院在籍中の1997年にACEを起業。2児の母。学生時代に訪れたメキシコで、路上で物乞いをする兄弟に出会い、児童労働を目の当たりにする。児童労働と教育について大学院で学びつつ、在学中に児童労働から子どもたちを解放するための団体ACEを立ち上げる。

私を初心に戻したメンターの一言

ACEでは「ガーナのカカオ」と「インドのコットン」の生産地における児童労働を調査し、1997年の活動開始から現在に至るまで1200人以上の子どもたちを児童労働から解放し、適切な教育を提供してきた。そのACEを率いる岩附さんは、日本の製菓会社と協力し、商品の売り上げの一部を通じてカカオ生産地の子ども支援に取り組んだり、リオ+20国内準備委員会委員や、安全・安心で持続可能な未来に向けた社会的責任に関する円卓会議のメンバーを務めてきたキャリアを持つ。

(写真上)ガーナのカカオ生産地で働く子ども。ACEでは活動の一環として、生産地の子どもたちが教育を受けられるしくみを整えている。(写真下)フェアトレードのカカオを使用し、ACEが販売している「しあわせを運ぶ てんとう虫チョコ」。保存料不使用なので販売期間はおおよそ12月~3月と短いが、売り上げの一部がガーナのカカオ生産地の子どもの教育を支援する資金として寄付される。

岩附さんは、今回のプログラムにメンティとして応募したきっかけをこう話す。「活動は順調に行っているように見えました。しかし今回のプログラムの応募要項にあった『キャリアでターニングポイントにある人』という言葉に呼ばれた気がしたのです」

さらに「これまでに教育を提供できた子どもは1万3000人を超え、活動はうまくいっていると思っていました。しかし一方で、世界中で未だ1億6800万人の児童労働があると言われています。この膨大な数字を前に、どうすべきかを悩んでいました。日本で児童労働の現状を伝えるための活動や、現地の子どもたちへの教育の提供、その資金集めと商品販売……と活動も多岐に渡り、どこにフォーカスするべきか見えなくなっていたのです」とも。

熱意と意気込みで進んできた道だったが、岩附さんは改めて、救済を求める大勢の子どもたちを前に、“このまま今の活動を続けていくことでいいのだろうか?”と疑問を抱き始めていた。

そんな時、大切なことを気付かせてくれたのが、メンターである久能さんの投げかけだった。「由香さんは何がしたいの? ACEがなかったら何がしたかった?」の問いかけにハッと目が覚めた。

枠から解き放つのが、メンターの役割

1997年の設立以降、岩附さんは約10人のスタッフと数々の活動を抱え、日夜、自分よりもACEをどうするかを常に考えて走ってきた。その岩附さんにとって、久能さんの言葉は大きな発想の転換になった。

「ACEの代表としてどうしていくか、ということばかり考えていたので、私個人が何をしたいのか、なんて考えたことがなかったのです。ましてやACEがなかったら、なんて発想もありませんでした。『今までのことは置いておいて、どうしたらいいと思う?』って聞かれて、改めて自分がすべきことを考えることができました」

メンターの久能さんは、「私の役目は、彼女をアンリーシュ(unleash)することです」と自身を位置付け、こう語る。

「アンリーシュとは、英語で解き放つといったような意味があります。犬を首輪から外すように。私はアメリカに住んで20年以上たちますが、日本は教育レベルが非常に高いのに、仕事での女性のジェンダーギャップは非常に大きいことを改めて感じています。

才能、スキルの高い女性が、次のレベルに飛躍する時、メンターという役割はパワフルなツールとなります。しかしマッチングが難しい。今回は私がその手助けができるなら、とメンターとしてのオファーを受けました。さまざまな枠から解き放って飛躍のきっかけを提供すること、それが私の役目だと思っています」

久能さんの言葉で初心に帰ることができたという岩附さん。同時に、自分が凝り固まった考えの中にはまってしまっていたことにも気付いた。

「心地よいと思える空間の境界を出ないと、世界は変えられないと気付かされました。改めて考えたら、私はもっと多くの児童労働を解放し、たくさんの人を助けられる仕組みを作りたかったんだと思ったのです。より大きなものを動かしていくためには、政治的な意志の必要性も感じました。私が集中して目指していくべき方向性が見えました」

まっすぐ前を見据える強いまなざしに、彼女の迷いはもう消えていることが見て取れた。

Think Big! 悩んだら目の前より先を見る

「メンタリングは次世代への最大の投資です。私も多くのメンターに助けられたし、今は次世代育成に力を入れています」と話す久能さん。今回、主催者側からメンターを依頼され、元々あった予定を変更し、住んでいるアメリカからわざわざ日本に一時帰国してまで役を引き受けた。研究者としても起業家としても成功を収めている久能さんから、メンティたちに伝えたメッセージとはどんなことなのだろうか。

「“Think Big”。大きな規模で考えなさい、ということです。目の前のことに気をとられがちですが、最終目標は何なのか、社会をどう変えたいのか、と大きく考えることが大事です。そして、“Why you?”=なぜあなたでないといけないのか、“Why Japan?”=なぜ日本でやる意味があるのか、そういったことを改めて考えてみるといいですね」

それは、今回参加した11名のメンティだけでなく、働く女性みんなに言えることなのだろう。社会を動かすほどの活動に携わらなくても、自分なら何ができるのか、最終的な目標は何なのか、改めて考えることで目の前のことに取り組む姿勢も変わっていくのかもしれない。

久能さん自身が立ち止まり、悩んだ時の支えになっている一言を聞いてみた。「『世界は広い。人生は長い』。以前にどなたかから聞いた言葉ですが、悩んだら、まだまだ先はあるわ、と少し気楽に考えることにしています」

久能さんはまたアメリカに戻り、岩附さんは日本を拠点に世界の児童労働撤廃に取り組んでいく。2人は海を隔て離れるが、今後も連絡を取り合っていくという。メンターとメンティとの出会いが、世界を変えるアクションにつながる、そんな未来を予感させるプログラムの一幕だった。

※次回の「メンター×メンティ2015」は12/2配信予定です。