やりたいことを実現するには、周囲の人々を味方につけることが大事です。この連載では、研修・講演依頼があとをたたないスピーチコンサルタントの矢野香さんに、他者に自分を印象づけるスキルについて聞いていきます。
得意先に自分の名前をなかなか覚えてもらえない。同期の中でその他大勢の私になっている……。もしもそんな悩みがあるとしたら、あなたの名乗り方が悪い可能性があります。名乗り方次第で、相手はあなたに対する態度を決めます。名乗り方一つであなたのステイタスをぐっと上げることができるのです。名乗り方のコツは声の高さです。「私プレゼン」第2回は、相手があなたに抱く印象が大きく変わる「声の高低の使いこなし方」についてお話しします。
正しい日本語の音は、最初の音が高く、水が上から下へ流れるようにだんだん低くなっていきます。そのため、最初に発した音が強調されます。たとえば、「山田明子です」と名乗る場合、音は「や」がいちばん高くて、「明子です」の「す」がいちばん低い。しかしこの言い方ではその他大勢の山田さんになってしまいます。そこで、自分の名前の価値を上げるには、まず「山田」と「明子」を分けます。そして、名字ではなく名前の1文字目の音を上げて話してみてください。そうするだけで、なんだか役職付きのような印象に聞こえるはずです。
「営業部の山田です」というように、姓しか名乗らない場合にも応用できます。この場合も正しい日本語の発音では「営業部」の「え」が高く、「す」に向かって下がっていきます。そのため、「営業部の山田です。よろしくお願いします」と言ってしまうと、強調されるのは一番初めの営業部だけ。そのため「営業部のあの女の子、だれだっけ?」となってしまいます。
そこで、「営業部」の「え」と「山田」の「や」を上げて、「営業部の、山田です。よろしくお願いします」と言うと、「山田さんは所属はどこだったっけ?」と名前のほうをより印象づけることができます。「株式会社○○の山田です」も同じです。
このように強調したいところは仕切り直す=もう一回高い音で言い直すことがポイントです。そのためには「息を吸い直す」ことが重要になります。最初の文字つまり、息を吸って口を開いたときに最初に出る文字の音は強調されて高くなります。「こんにちは」であれば「こ」、「山田明子と申します」と言ったら「や」にあたります。そこで「山田明子」を印象づけたいなら、「山田」の後に1回息継ぎをして「明子」と言い直す。間(ま)を取るのです。強調する部分の前で息を吸う、ということなのです。
自分の名前は、価値があるように自分が名乗れば本当に価値をつくり出すことができます。しかし、その他大勢っぽく名乗れば、そのようになってしまいます。ビジネスにおいては日々、名乗る機会はたくさんあるはずです。電話を取るときは「はい、営業部、山田です」「山田が承りました」などと名乗りますよね。つまり、自分の名前の価値を高めるチャンスはいくらでもあるのです。
挨拶も名乗りの応用編です。「おはようございます」も、正しい日本語では「お」がいちばん高くて、「す」がいちばん低い。しかしこのままだと「なんか元気の良い感じのいい子」という印象で終わってしまいます。そこで、前回お話しした、好印象を与える「親しみやすさ」「活動性」「社会的望ましさ」という3つのカテゴリーを思い出してください。あなたが相手に強く残したい印象は、「親しみやすさ」ですか、「活動性」でしょうか。あるいは「社会的望ましさ」でしょうか。このなりたい自分に合わせた挨拶に変化させてほしいのです。
「社会的望ましさ」のキャラクターを目指す人であれば、正しい日本語で言ってください。つまり、「おはようございます」の「お」がいちばん高くて、「す」がいちばん低い。「親しみやすさ」なら「社会的望ましさ」とは反対です。
「おはようございます」の「す」を上げる。「お」から「す」までがしり上がりになります。
「活動性」を望む人は2音目を上げます。「おはようございます」の場合「は」ですね。そして、最後の「す」は下がります。最後にエクスクラメーションマーク「!」があるような、「すっ」のイメージです。「す」は専門的にいうと無声音。さ行なので音が出ませんが、「活動性」の人は「おはようございます!」と強く言うほうが効果が上がります。
違いがあまりよくわからなければ、「こんにちは」「おはようございます」「ありがとうございます」といった、日常でよく使う言葉や挨拶を文字にしてみるといいかもしれません。自分が目指したいカテゴリーに合わせ、どこの音を高くすべきか印をつける。「社会的望ましさ」の人は一番最初の文字、「親しみやすさ」の人は一番最後の文字が一番高い。「活動性」の人は2音目で、そこからどんどん低くなる。全部のカテゴリーを発音してみれば違いがわかるようになります。
それでもよくわからない、というときは、音声Non verbal(非言語)のスキルを上げる手っ取り早い方法があります。それは手本になる人物を徹底して「真似る」ことです。同性の、できれば自分よりキャリアが上の「こんなふうに話してみたいな」と思うロールモデルを見つけてください。そして、その人がお客さまにどのように名乗っているか、電話ではどのような話し方をしているかをよく聞くのです。それを徹底的に真似ることで声の高低から息づかい、間合い、ピッチ、速さも習得することができます。
職場にそんな人がいない場合はどうするか。そのときは同じ会社、もしくは取引先、あるいは業界で「なりたい」レベルの人を見つけましょう。やはり職業にはその職業らしい音声Non verbalがあるので、同じ業種がベストです。それでもいなければ、主人公が自分と同じ職業のドラマや映画がないか探してみてください。オフィスドラマなら、その配役の中から一人手本を決めてもいいかもしれません。
今回お伝えしたかったのは、日常会話の音程を上手に生かすということです。日常の言葉にも、歌のような音の感覚がある。それを意識して意図的に話し方を変えてみると、印象操作の効果を実感できるはずです。
信頼を勝ち取る「正統派スピーチ」指導の第一人者。NHKキャスター歴17年。大学院で心理学の見地から「話をする人の印象形成」を研究し、修士号取得。現在、国立大学の教員として研究を続けながら、政治家、経営者、上級管理職などに「信頼を勝ち取るスキル」を伝授。全国から研修・講演依頼があとをたたない。著書にベストセラー 『その話し方では軽すぎます! エグゼクティブが鍛えている「人前で話す技法」』(すばる舎)など。http://www.authenty.co.jp/