やりたいことを実現するには、周囲の人々を味方につけることが大事です。この連載では、研修・講演依頼があとをたたないスピーチコンサルタントの矢野香さんに、他者に好印象をもってもらうスキルについて聞いていきます。

あなたは「すみません」が口癖になっていませんか?

本来「ありがとう」でいいはずの場面でも、つい「すみません」と言ってしまう。職場でも、家庭でも、またときには子どもの預け先に対しても、気兼ねして「すみません」と謝り続ける女の私たち。これは私自身が仕事や家庭を両立しようとしている中でついてしまった口癖です。

矢野 香さん

働く女性たちと接していると、謝り続けながら小さくなって生きづらそうな姿が目に付きます。「やりたいことを実現する」「なりたい自分になる」という最も大切なことができないまま人生を諦めてしまっているのです。私たちはただいろんなことを両立しようと頑張っているだけなのに、なぜこんなに生きづらいのでしょうか。

それは、「自己呈示力」を発揮できていないからだと私は考えています。

「自己呈示」とは心理学の用語で、「他者から特定の印象で見られることを目的として行われる行動」のことです。つまり、他者に好印象をもってもらうためのスキルです。やりたいことを実現するためには、この自己呈示力で、周りの人に好印象をもってもらい、周りを味方につけてしまえばよいのです。

日本の働く女性たちは、「わたしはこうしたい」と、自分の意見や希望を遠慮せずにもっとはっきり言ってもいいのではないでしょうか。主体的にやりたいことをもち、それを実現したいという意思=「ワガママ力」をもってほしい。ただ、それが単なるわがままとして相手に聞こえてはいけません。職場では「あいつ、女だと思って甘えている」と言われ、家庭でも「そんなことを言うならもう辞めたら」などと言われてしまいます。ここでいうワガママ力とは、わがままがわがままに聞こえないように伝える力です。ワガママ力を発揮できれば、仕事とプライベートを両立しながらやりたいことを実現し、自らキャリアをつくっていくことができます。

そこで、この連載では、このようなやりたいことをあきらめず自らのキャリアをつくる技術を「私プレゼン力」と名付け、日常生活のさまざまな場面で「私プレゼン力」を高めていくための方法を解説していきます。では、具体的に私プレゼンを成功させるためには何からはじめればよいのでしょうか。

まずお勧めしたいのがゴール設定です。はじめに3年後ぐらいの「なりたい自分」を決めましょう。ゴール設定の詳細についてはおいおいお話ししていく予定ですが、大切なことはまず、「自分のキャラクターを設定する」ことです。たとえば、「チームのリーダーとして、いつもニコニコ笑っている元気な存在になる」とか、「前向きになって○○の資格を取る」というように、人々の目に自分がどのように映りたいかを言葉として設定します。

どんなキャラに設定すればいいのかわからないという方のために、ヒントになりそうな心理学の考え方をご紹介しましょう。心理学において、人が相手に好印象を与える要因は、「親しみやすさ」「活動性」「社会的望ましさ」の3つしかありません。この3つから自分のなりたいキャラクターを1つ選んでみましょう。

図を拡大
「親しみやすさ」「活動性」「社会的望ましさ」のイメージ(イラスト=米山夏子)

「親しみやすさ」のカテゴリーに入る言葉には、話しかけやすい、優しい、親切な、明るい、元気な、外交的な、面白いなどがあります。

「活動性」のカテゴリーに入る言葉は、堂々とした、意欲的な、積極的な、鋭い、リーダーシップのある、強いなど。

「社会的望ましさ」は信頼できる、分別のある、きちんとした、誠実な、安心できる、知的な、大人っぽいなど。

具体的な人物を例に見てみますと、「親しみやすさ」は、いわゆるアイドル全般のイメージです。女優でいうと、堀北真希さん、長澤まさみさん、石原さとみさん、上戸彩さんなど。

「活動性」には、ほとんどの政治家が当てはまります。英国のサッチャー元首相、ヒラリー・クリントンさん、日本では蓮舫さんなど。

「社会的望ましさ」なら、キャロライン・ケネディ駐日アメリカ大使や元国連難民高等弁務官の緒方貞子さん。女優の松嶋菜々子さんや柴咲コウさんもここに入ります。

自分のキャラを表す言葉が決まったらそれを積極的に発言していきましょう。もしあなたが「前向きな」私になりたいと決めたなら、次の自己紹介を口にしてみましょう。「よろしくお願いします。鈴木と申します。いつも前向きな性格です」というように。そうすると、相手は「鈴木さんは前向きな人」と覚えてくれるようになります。

このように「なりたい私」が決まったら、その言葉にふさわしいキャラを他者に感じさせるように表現することが大切になります。これが「私プレゼン」です。「親しみやすさ」「活動性」「社会的望ましさ」のどのキャラを選ぶかによって話し方が変わるのです。

話し方のスキルは、「言語(Verbal)」と「非言語(Non verbal)」の2つに分けられます。

Verbalは言葉による表現で、話の内容や起承転結のような話の組み立て方、敬語などの言葉づかいをいいます。Non verbalはさらに「音声非言語」と「身体非言語」の2つに分かれます。音声非言語は相手の耳に入る音すべての聴覚要素を指します。声の高低や大小、話す速度や語尾の伸び方などが入ります。音声非言語は、女性の場合、靴の音に注意! 男性が多いところで女子力を発揮したいときは、プレゼンの前に細いヒールでコツコツと歩くと音の効果を期待できます。仕事のできる女性=「活動性」を表現できるでしょう。

身体非言語は、相手の目に入るすべての視覚要素を指します。髪形、服装、表情やジェスチャー、姿勢など。いわゆる「見た目」です。

日々のコンサルティングで大勢の男女をプロデュースさせていただいています。その中でも、とくに女性は楽しみながら「新しい私」になりきることが得意です。第2回以降から、表現のポイントやコツを詳しくお伝えしていきます。私プレゼン力は一度手に入れてしまえば、きっとあなたのキャリアに役立つ一生モノのスキルになるはずです。

矢野 香
信頼を勝ち取る「正統派スピーチ」指導の第一人者。NHKキャスター歴17年。大学院で心理学の見地から「話をする人の印象形成」を研究し、修士号取得。国立大学の教員として研究を続けながら、政治家、経営者、上級管理職に「信頼を勝ち取るスキル」を伝授。