「周りが思うほど、私は仕事ができるわけじゃない」と感じ、まるで自分が周りをだましているような気分になる――。そんな“インポスター・シンドローム”に悩む心理を、どのように解決すればいいのか。パターン別に、エグゼクティブコーチングの専門家である、ゾム株式会社代表取締役の松下信武氏に解説していただいた。

1. 周りが言ってくれるほど私の能力は高くない気がする

「周囲の人が評価するほど、自分の能力は高くないと思っていて、周囲の人をだましていると感じたことがありますか?」という質問に対して、「かすかに感じたことがある」と「はっきり感じたことがある」の割合を合計すると、女性では65%に達した。自己評価と他者評価の食い違いによる心の葛藤は男女問わず起きる心理現象だが、それでも男性のほうが困難な仕事に手を挙げる人が多いのも事実だ。

やれる自信がなくとも、「私ならできます!」と言い切ることは、ビジネスマナーの一つと割り切ることだ。おそらく相手側も、あなたが心のなかで<できないかもしれない>と不安に思っていることくらい知っているのだから。オリンピックの控室ではアスリートは不安にさいなまれる。しかし、戦いの場に出れば、自信に満ちた表情に変わる。職場も控室でなく戦いの場だ。

2. 難しい仕事に失敗すると「やっぱり自分はだめなんだ」と感じてしまう

仕事の難度が上がると、失敗するリスクが高まる。失敗すれば<やっぱり自分はペテン師だった!>と、インポスター・シンドロームを裏付けてしまう結果に終わるので、ポジションが上がれば上がるほど、失敗に対する見方を変えておく必要がある。アスリートの場合、一流の人ほど難しいスキルが要求され、二流と比較にならないほど失敗のリスクが大きくなる。「失敗は一流の証し」という腹落ち感がないと挑戦し続けることが難しい。失敗を恐れて中途半端に取り組む人には、「みんながビビるほどの失敗をしてこい!」と声をかけよう。

一流と二流のアスリートでは失敗の原因を見つけ改善する能力に違いがある。改善によって出来不出来の波が縮小し、エースとして起用される機会が増す。失敗がこの能力をつくる。失敗は機会をつぶさない、むしろ創り出す。

Q.「周囲の人が評価するほど、自分の能力は高くなく、周囲の人をだましている」と感じたことがありますか?
女性の65%が「周囲の人をだましている」という心の葛藤に苦しんでいる。
Q.1の質問で「はっきり感じたことがある」と答えた人の年齢別割合
40歳代や50歳代はポジションが高く、難易度も高い仕事をしているため割合が上がる。

3. 育児中、部下が残業をしているなかで家に帰るとき、申し訳なく感じる

子育てによって、周囲の人をだましているという意識は、女性のほうが強く感じていることが調査結果からうかがえる。「申し訳ない」という気持ちは、インポスター・シンドロームの原因の一つだろう。

このパターンの場合、配偶者へ協力を求めること。この記事を配偶者に読んでもらってもよい。育児と仕事の両立の難しさ、女性が抱える心理的な負担の大きさを理解してもらい、育児はカップルの共同作業であると明確に位置づけること。結婚前であれば、育児は共同でやると取り決めておくことだ。『フィンランド流 イクメンMIKKOの世界一しあわせな子育て』(ミッコ・コイヴマー著)は、男性の育児について考えるうえで、とてもよい本なので配偶者と読んでみるといい。男性が育児へ積極的に参加すれば、母性と父性のバランスが良くなる効果もある。

4. 昇進したのは自分の実力ではなく「女性枠」があったからだ

昇進した女性のなかには、「自分たちは一種のモルモットだ」などと感じている人もいるという。女性管理職の割合を上げることだけを目的に、あなたが働く会社が「女性管理職の数合わせ」を開始したら、その動きを阻止することはできない。そこでやるべきことは、自分の仕事の評価軸を自分なりに持つことだ。そのためには、社内で、信頼できるメンターが必要になる。

メンターと対話を重ね、客観的な評価軸をつくる。それに基づいて、できるだけ客観的に自分の仕事ぶりを評価すること。さらに年に2回、メンターからも評価してもらうこと。嵐の中を航海する船に羅針盤が必要なように、あなたのキャリアにも羅針盤が必要で、それが客観的な自己評価軸だ。自分の評価に自信が持てれば、自分は実験材料だという意識よりも、挑戦者であるという意識のほうが強くなる。

Q.1の質問で「はっきり感じたことがある」と答えた女性の子どもの有無の割合
女性同士でも子どもの有無で心理的な差が生まれる。育児と仕事の両立による影響は大きい。
●管理職に登用された女性
管理職に登用されても、「女性枠に入っただけ」と感じると、自己評価を下げる引き金になる。

5. 今の世の中は女性に不利な環境。昇進する自信が持てない

女性が自信をなくす原因は、生まれつきや成育環境よりも、社会人となってからの世の中の仕組みと考える人が、年齢が高くなるにしたがって多くなるようだ。社会的な仕組みを変えるには、時間とたくさんの人の協力が必要である。現在の逆境や、女性に不利な環境のもとで、したたかに生き抜くメンタル的な対処方法は、「逆境を乗り切る意味」を発見することだ。

Q.女性が自分自身に自信が持てないとき、その原因はどこにあると思いますか?
年齢を重ねると、自信をなくす原因を「世の中の仕組み」だと考える女性の割合が高くなる。

スポーツの現場でも、信じられないくらいの逆境で戦い続けるアスリートから、「こんな苦しい経験にどんな意味があるのですか」と質問されたとき、私はこう返す。「逆境を耐える意味を見つける力こそ、メンタルの強さだ。しかし、答えは一人ひとり違う。意味はあなたが発見するものだ」

ナチスの強制収容所で生き延びた人は、意味を見つける能力が高いといわれている。意味こそ生きがいを創る。

まとめ:人間力で勝負する時代は女性が主役

最近は、企業でも人間力を持った人が求められている。本稿のアンケートで、「仕事をやり遂げる能力も含め、人間として総体的に自己評価したとき、女性と男性とでは、どちらのほうが、自信を持っていると思いますか」と聞いたところ、女性は人間力に対する自信は男性のほうが高いと思っているが、男性は反対に、女性のほうが高いと思っているという結果が出たのだ。

“人間力で勝負する時代”といわれている今日、自分たちの人間力に自信を持てないと女性が思い込んでいるのは、とても残念なことである。男性は、女性の人間力にはかなわないと考えているにもかかわらず、である。

今回執筆するにあたり、5人のすばらしい成果を挙げているビジネス・ウーマンにインタビューをお願いし、質的データを収集した。同時にスノーボール方式(調査をする側の主観を少なくするために、人づてに調査を依頼して、雪だるまを作るようにデータを集める調査方法)によって、66人のビジネスパーソンに、アンケートに答えてもらった。サンプル数が少ないが、質的データや先行研究とつき合わせて、できる限り、正確な分析を心掛けた。

ゾム株式会社 代表取締役 松下信武
1944年、大阪府生まれ。京都大学経済学部卒業。日本電産サンキョー・スケート部メンタルコーチ。専門は情動心理学。