「周りが思うほど、私は仕事ができるわけじゃない」と感じ、まるで自分が周りをだましているような気分になる――。そんな“インポスター・シンドローム”に悩む心理を、エグゼクティブコーチングの専門家である、ゾム株式会社代表取締役の松下信武氏に解説していただいた。

なぜいい仕事をしても「私はみんなをだましているだけ」と感じるのか

フェイスブックの最高執行責任者(COO)である、シェリル・サンドバーグの能力を疑う人はあまりいないだろう。ところが、彼女が書いたベストセラー『LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲』で、サンドバーグ自身が悩んでいると打ち明けたことで、一躍、インポスター・シンドロームが注目されるようになった。

インポスター・シンドロームは、すばらしい成果を挙げ、周囲から高い評価を受けているにもかかわらず、「自分は、周りの人が思うほど、すごい能力や専門知識を持っているのではない。そんなふりをして、周囲の人をだましているのだ」と思い悩む心理状態を指している。

1970年ごろに、アメリカで、きわめて高度で専門的な仕事をしている女性のなかから発見されたため、大学教授、医師、研究者などの女性の専門家に特有の心理的葛藤と考えられたが、現在は、女性だけでなく、男性にも同じ症状があることが知られている。

インポスター・シンドロームそのものは精神的な病気ではないと筆者は考える。「できるかどうかわからないのに、自分はできると言ってしまった。どうしよう」と悩む程度であれば、まったく気にする必要はない。ただし、「自分はペテン師に違いない」と深刻に悩み、新たなチャレンジの機会を辞退するようであれば、うつ病など、ほかの心の病気が発症している可能性があるので、医師の診察を受けたほうがよいだろう。

インポスター・シンドロームが、広範囲で見られる心理状態である理由は、自己評価と周囲からの評価(以下、他者評価)の食い違いが原因で起きる心の動きで、この種の不一致は誰もが経験するからだ。自己評価が高い、低い、他者評価が高い、低い、の2軸でタイプ分けをすると、図のように4つのタイプに分かれる。インポスター・シンドロームは、この右下の部分に入る人に見られる。

自己評価と他者評価の関係
インポスター・シンドロームの人は、自己評価を上げれば、『アナと雪の女王』のエルサのように、他者評価との食い違いから心が解放される。

この図はインタビューに応じていただいた外資系会社の人事部長・佐々木さん(仮名・女性)の話からヒントを得て作成した。佐々木さんによれば、「インタビューを受けるにあたり、事前に当社の女性たちにヒアリングをしたが、一人もインポスター・シンドロームで悩んでいる人はいなかった。当社は、きめ細かく、実績に基づいて、個人フィードバックをしていて、自己評価と他者評価の食い違いを起こさないようにしているからだ」ということだった。

佐々木さんの明快な解説を聞きながら、ふと思い出したのが、昨年大ヒットした映画『アナと雪の女王』である。

女王・エルサは、誰もが驚くような魔法の力を持ちながら、それをひた隠しにする。まるでインポスター・シンドロームで苦しんでいるようだ。雪山を登りながら、次第に心が解放され、「レット・イット・ゴー(ありのままで)」を高らかに歌い上げる。あの曲が大ヒットしたのは、現代社会に生きるたくさんの人が、自己評価と他者評価の不一致に悩んでいるからではないか。

エルサは、「他者評価を無視していい」と言っているのではない。他者評価を無視するなら、雪と氷の城に閉じこもっていればよいはずだ。彼女が王国へ戻り、国民から高い評価を受ける女王に成長して、物語は終わる。自己評価と他者評価の一致が起きたのだ。

実際のところ、インポスター・シンドロームを克服するベストの方法は、個人フィードバックをするという佐々木さんのやり方であろう。ただし、佐々木さんの会社のような良好な職場で働く幸運に、誰もが恵まれるとは限らない。むしろ、自己評価と他者評価が一致しないほうが、世間では当たり前である。自己評価と他者評価の不一致という、誰にでもある心の動きを通して、インポスター・シンドロームの問題を考えてみたい。

※次回は、インポスター・シンドロームに陥りがちなパターンごとに解説と解決法を説明します。

ゾム株式会社 代表取締役 松下信武
1944年、大阪府生まれ。京都大学経済学部卒業。日本電産サンキョー・スケート部メンタルコーチ。専門は情動心理学。