プレゼンで、熱心に話しているのに分かってもらえないという経験はありませんか? さりげなく、でもしっかりと自分の「心の在り方」を伝えて相手の心の扉を開けるには? 鍵はエピソードを盛り込んだ伝え方にあり。清水久三子さんが解説します。

前回までのおさらい:プレゼンスの3要素とは?
プレゼンス1【人間性】「プレゼン・ファッションは格が命。まずは『見栄え』と心得よ」 http://woman.president.jp/articles/-/625
プレゼンス2【身体性】「オーラを醸す「立ち居振る舞い」とは?」
http://woman.president.jp/articles/-/666

「こんなに頑張って伝えているのに、どうして分かってもらえないのだろう?」と思ったことはありませんか?

プレゼンテーションを聞く人は、冒頭では「この人は一体どういう人なのだろう?」と勘ぐりながら聞いています。大抵の場合、「きっと自分の思い通りにしたいから、都合のいいことばかり言うのだろう」と否定的に思われているところがスタート地点です。そのままプレゼンテーションを進めて、どんなに熱心に語っても、思い込みがあるとメッセージを否定的に受けとめられてしまうのです。

プレゼンスの3つ目は「精神性」です。精神性とは熱意や意思、誠実さ、正直さなど「自分の心の在り方」だと思ってください。相手の否定的な思い込みを払拭して、あなたが信頼たりうる人であることを分かってもらうには、「自分の心の在り方」を分かってもらうのが一番なのです。

自分の心の在り方を伝える「マイ・ストーリー」

心の在り方は目に見えるものではないので、言葉にしなければ伝わりませんね。とはいえ、「私はとても熱い思いを持った人間です」とそのまま口にしても、信じてもらいにくいでしょう。

そんな時に効果的なのが「マイ・ストーリー」です。これは自分や自社のエピソードに、思いを散りばめて伝えるというテクニックです。例えば、自分がなぜこの企画や事業を起こそうと考えたかを、個人的なエピソードとして話します。その中に、自分の信念や大切にしている考え方などを含めていくのです。成功ストーリーだけではなく、失敗を克服した体験もまた効果があります。信念の強さを伝えることができるからです。

会社を代表して提案する立場であれば、「この商品は営利目的ではなく、創業者が家族を助けたいという思いから生まれた」など、開発秘話を会社の在り方を示すマイ・ストーリーとして語ってもよいでしょう。このように個人的な思いや体験を語ることで、「自分のことしか考えない利己主義の人」「売りたいだけの営利目的の人」ではないと相手の不信感を拭い去っていく訳です。

日本人全般にウケる共通の「精神性」とは?

マイ・ストーリーを考えるに当たり、どのような精神性を伝えるべきかを、よく考える必要があります。例えば、本当に自分が「負けず嫌い」だったとしても、その心の在り方を相手によってはよく思う人とそうでない人がいるからです。負けず嫌いを“利己主義”と認識されてしまっては、あまり効果的ではないでしょう。

相手が好む精神性は一つではありませんが、日本人、特に多くの男性エグゼクティブに受ける精神性としては、日本古来の「武士の精神性」があります。以下の十カ条は武士の精神の在り方を示したものですが、世界が賞賛する日本人の心の在り方のルーツとも言えます。

■武士の守るべき十カ条

(1)嘘を言わない
(2)利己主義にならない
(3)礼儀作法を正す
(4)上の者にへつらわず、下の者を侮らない
(5)人の悪口を言わない
(6)約束を破らない
(7)人の窮地を見捨てない
(8)してはならないことをしない
(9)死すべき場では一歩も引かない
(10)義理を重んじる

――鎌倉時代末期の武将、楠木正成が家臣たちに教えを示した「名君家訓」より

プレジデント ウーマン・オンラインらしからぬ(?)テーマかもしれませんが、プレゼンテーションする相手が男性エグゼクティブならば、その好むところを知るのも信頼を得るために必要です。この精神性を表現するような自分のエピソードを洗い出した上で、インパクトのあるものをマイ・ストーリーとして作りあげ、自己紹介で伝えましょう。

例えば、十カ条の「(1)嘘を言わない」という精神性は、自社にとって都合が悪いこともきちんと説明する姿勢で伝えられます。「正直申し上げて◯◯という問題がありお客様にご迷惑をおかけしました。その時は全社をあげて問題解決に当たり2日で事態を収拾しました」など、都合の悪いことを逆に先に話してしまうことで、後から質問されて言い訳めいた回答で信頼を失うという事態を防げるのです。単にエピソードを寄せ集めるのではなく、どんな精神性を伝えたいのかから考えて、逆引きでマイ・ストーリーを作りましょう。

プレゼンスの鉄則:存在感とギャップ

前回までの連載でも、プレゼンスを見せるための鉄則として、まずは「存在感」を感じさせ、次に「ギャップ」を打ち出して良い意味で期待を超えるということをお話ししてきました。

精神性の存在感は、やはりマイ・ストーリーの説得力です。説得力を上げるために気をつけるべきは、万人受けを狙うのではなく、相手によって訴求する内容を変えることです。相手が武士道のような精神性を重んじるタイプであれば、先程の十カ条の中から響きそうなテーマを選んでストーリーを作ります。相手がもっと柔軟な精神を重んじるタイプであれば、自分が逆境に対して機転を効かせて克服したエピソードなどに変えるのです。相手がどういう精神に敬意を払うのかを見極めて、魅力的なマイ・ストーリーを作りましょう。

次はギャップの出し方です。マイ・ストーリーで、利己主義、営利目的ではないブレない精神性をアピールした後には、次は相手に対して特別に肩入れしていることを見せます。

「自分は大きな使命感を持ってこの仕事をしているけれども、特に今回の聞き手であるあなたに対しては特別な思い入れを持ってこの話をしている」ということを伝える訳です。相手の人に「他でもない自分」に向けたメッセージだということを実感してもらいます。

言葉でどう肩入れしているかを伝える他には、相手に近づくのも効果的です。慣れていないと初めの立ち位置から動くなんて無理、と思うかもしれませんが、一度動いてしまえば、緊張も解け、文字通り相手との距離が縮まります。思い切ってやってみてくださいね。

清水久三子

お茶の水女子大学卒。大手アパレル企業を経て、1998年にプライスウォーターハウスコンサルタント(現IBM)入社後、企業変革戦略コンサルティングチームのリーダーとして、数々の変革プロジェクトをリード。
2005年より、コンサルティングサービス&SI事業部門の人材開発部門リーダーとして5000人のコンサルタント・SEの人材育成を担い、独立。2015年6月にワーク・ライフバランスの実現支援を使命とした会社、オーガナイズ・コンサルティング
を設立。延べ3000人のコンサルタント、マーケッターの指導育成経験を持つ「プロを育てるプロ」として知られている。
主な著書に「プロの学び力」「プロの課題設定力」「プロの資料作成力」(東洋経済新報社)、「外資系コンサルタントのインパクト図解術」(中経出版)、「一瞬で伝え、感情を揺さぶる プレゼンテーション」、「外資系コンサルが入社1年目に学ぶ資料作成の教科書」(KADOKAWA)がある。