世界一の年間製作本数を誇る巨大なインドの映画産業。とにかく「歌って踊る」イメージが先行するインド映画だが、近年はじっくりドラマで魅せるタイプの作品が増えてきた。特徴的なのは、『マダム・イン・ニューヨーク』など、女性の生き方にフォーカスした作品のヒットとクオリティの高さ。男社会だったインドの映画業界はまさに変革途上にあり、力のある女性監督の活躍が目立ってきている。10月24日公開の映画『マルガリータで乾杯を!』のショナリ・ボース監督もそんな1人だ。
『マルガリータで乾杯を!』は、19歳の女子大学生が成長する過程を通して、障害者の教育、性の問題に切り込み、トロント国際映画祭などで賞賛を浴びた。インドは法律で同性愛を犯罪と見なすなど、まだまだ保守的な社会。公開までには時間を要したという。
映画の主人公・ライラは、脳性まひで生まれつき体が不自由だが、障害をものともせずアクティブに大学生活を謳歌する少女。やがて、彼女を支える母親の手配でニューヨークの大学への編入学が決まり、2人は渡米する。ニューヨークでライラが出会ったのは、目の不自由な活動家の女子学生。親密になった2人は共同生活を始めるが、インドに帰った最愛の母が末期ガンに冒されていることを知り――。
まさに山あり谷ありのストーリーだが、笑顔を絶やさず人生を切り開く母と娘が潔く、すがすがしく描かれている。取材場所に現れたボース監督もまた、映画に登場する女性たち同様、朗らかでパワフルな人だ。
「主人公が障害者であることを忘れてしまうような映画を撮りたいと思ったんです。若い人たちは傷つくことを恐れてパーフェクトを目指そうとしますが、まずは自分の心の傷や苦しみを受け入れること。障害を受け入れ、同性愛者であることを受け入れ、母の死を受け入れる。それができれば心穏やかに生きていけるということを描きたかったのです」
本作の主人公と同様に、ボース監督もまた米国で学んだ経歴を持つ。デリー大学を卒業後、ニューヨークに渡りコロンビア大学に留学。政治学の修士を取得し、UCLAの監督コースに学んだ才媛だ。
インドの女性監督には、本国で大ヒットを記録した『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』(日本では2013年公開)のファラー・カーン、『人生は一度だけ』のゾーヤー・アクタルなど、商業性の強い作品を手掛けるヒットメーカーに芸能一家の出身が多い。
一方で『モンスーン・ウェディング』などで知られるミーラー・ナーイル、米アカデミー賞外国語映画部門のカナダ代表に選ばれた『とらわれの水』のディーパ・メータなどは、海外で高い教育を受け、海外に拠点を起きながら客観性を持ってインド社会を見つめた映画作りをしていることが特徴だ。ボース監督の場合、経歴は後者だが、「私の作品は、自分で脚本から手がける以上、インドで作りたい」と言う。
しかし、インドでは女性への差別意識も依然根強く、映画業界もまだまだ男性中心。本作についても、企画段階から「主人公を男性にしてスター俳優を使えば、もっと予算がつくのに」と再三疑問を投げかけられた。スター・システム(人気スターの起用を大前提に映画製作が進められること)も健在で、「女優で大スターもいるけれど、物語の中心に置かれることはなく、映画のお飾りのような扱いをされてきた」とボース監督。
だが、問題の根源は男性にのみあるものではないと指摘する。「たとえば、男性と対等にしようという動きがあって、とりまく環境に変化が生じても、足を引っ張るのは女性だったりする。私は、『マルガリータで乾杯を!』の主人公を男の子にして、しかもゲイであったという設定にしても、変わらずステキな映画にできたと思っています。でも、私はインドの映画界で仕事ができて、女性の立場で映画を撮るという役割を与えてもらっている。インドの女性も自ら意識を変える必要がある、だから、意識的に女の子の話にしたのです」
ボース監督は、女性の映画監督として、自身の中で決めていることがあるという。それは、「愛情をもって、現場を作っていくこと」。
「映画業界において監督という立場は、ある種“神”のような存在です。全部の決定権が私たちにある。ただ、もともと男社会だったためか、女性が監督になっていざ映画を撮ろうとした時に、男性監督がやってきたように振る舞おうとする人がいることも事実です。常に攻撃的で、大声で怒鳴って周りを従わせようとする。私が監督デビューする前に心に決めたのは、愛情をもって周囲に接して、人間性と心のある現場にしていくということ。なぜなら、それが女性的なものであって、大きな怒声は私の現場には要らないと思ったのです」
世間一般では、女性は感情的な生き物で、論理的な思考の組み立てが苦手だと言われる。だが、ボース監督は「泣きたい時は泣いて、そしてしっかり仕事に戻ればいい」と訴える。
「実はこの映画を撮影する前、16歳の長男を不慮の事故で亡くしました。主人公が病院で母親を亡くすシーンでは、撮影機材をセッティングした後に息子が亡くなった時の病院の匂いを思い出し、体が強ばる思いをしたものです。でも、自分は監督として現場を切り盛りしなければならない。もしも従来型の男性監督の現場であれば、『泣いてちゃダメだ』と叱咤されると思いますが、私の負った痛みはそんな簡単なものではありません。息子のフラッシュバックが起きた時は、泣いてもいいと自分の中で決めて、実際何度も泣きました。でも、泣いた後には取り乱すことなく、撮影を進めることができたのです。『大事な人を亡くした女性は感情的だから、家にこもって泣いていろ』なんてとんでもない。涙は私を自由にしてくれた。そう今作の現場で学びました」
脚本・監督:ショナリ・ボース
出演:カルキ・ケクラン、レーヴァティほか
配給:彩プロ
宣伝:ミラクルヴォイス
2014年/インド/100分
10月24日(土)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
【公式HP】www.margarita.ayapro.ne.jp
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