人材事業を展開するアデコが、世界共通で行う“CEO業務体験”インターンシッププログラム。アデコ川崎社長に、このプログラムに込めたねらいと思いを尋ねます。
グローバルな雇用環境問題の解決に向けて
──アデコグループが世界各国共通で、インターンシッププログラムを行う目的を教えてください。
現在、グローバルで見ると、15~24歳の若年層の就職難が大きな問題になっています。この年代で仕事に就けていない人は世界に7500万人。国によっては、失業率が2~3割にも上ります。次の時代を担う若者が就業できていないのです。
こうした世界的雇用課題を解決するため、アデコグループでは2013年にAdecco Way to Workという取り組みを始めました。このプログラムは、さまざまな形態のインターンシップを通じて、就職できずに希望を失っている若者に対して、仕事に生かせるスキル修得を支援するとともに、働くことに対する前向きなメッセージを発信することを目的にしています。
次世代のリーダー育成を目的として、CEO業務を体験するというインターンシッププログラムであるCEO for One Monthは、Adecco Way to Workのうちの1つです。もちろん、このプログラム参加者から、将来のアデコを支える人材が輩出されればうれしいですが、それが目的ではありません。グローバルな雇用環境に関する課題解決の一助を担うことは、世界60カ国で事業を展開する人材業界のリーディングカンパニーとしての責任だと考えています。
人を動かすにはPassion(情熱)が欠かせない
──日本でCEO for One Monthを選考する際には、何を重視しましたか。
日本のCEO for One Month選考の際に重視したのは、アデコの5つのコア・バリュー、Passion(情熱)、Entrepreneurship(起業家精神)、Team Spirit(チームワーク)、Responsibility(責任感)、Customer Focus(顧客志向)です。
100名を超える優秀な若者のエントリーの中から私たちが選んだのが、立命館大学3年生の久乗亜由美(くのり・あゆみ)さんです。5つのコア・バリューで言うと、彼女はPassionとEntrepreneurshipとが抜きん出ていました。面接のときに、アルバイト先での実績を説明するためのプレゼンをしてくれたのですが、その内容はもはや単なるアルバイトの域を超えたものでした。ブライダル関係のアルバイトでしたが、どうしたら来場者数を増やせるか、どうしたらよりよいサービスを提供できるか、などを考えていて、発想が既に経営的視点なのです。本人は気付いていないようですが、問題を発見し、解決する力にも長けていました。また、何より彼女は明るいですよね。周りにいる皆を魅了してしまう。それがPassionです。
CEOは、いかにビジョンや考え方を社員に伝え、巻き込み、行動させるかが大事です。そのために、Passionは欠かせません。スキルやテクニックではなく、熱意で周りを巻き込む力がないと不可能です。Passionを持って燃えている人の温度は、周りにも伝播します。リーダーに一番重要な要素だと言えます。
──CEO for One Monthの期間中、久乗さんと接する上で気を付けたことはありますか?
まずは本人が自らやってみるようにし向けました。困ったことがあると相談に来ましたが、自分で決めなくてはならないことは、どこまでいっても自分で決めるように言いました。ただ、決めるにあたって必要な情報や知識は、すべて伝えるようにしました。例えば、ビジネスに関する書籍を4冊そろえてプレゼントしたり。それぞれは薄いのですが、基本的なことがまとまっていて、ケーススタディもいくつか載っています。経営戦略、マーケティング、問題解決、リーダーシップと、読む順番まで指定しました。
耐える力ではなく、感謝できる気持ちを
こうした接し方、育成方針は、アデコの社員に対しても同じです。また、重要なポストにいる管理職や役員には特に、“修羅場体験”の必要性を伝えています。修羅場を経験していない人は、人の上に立てません。これは「苦しさに耐える力がつくから」、というわけではありません。周りの支えの重要性を実感するためです。人に助けてもらわないと解決できないことはとても多い。いかに自分1人でできることが少ないか、人からの助けが必要か。これを知らない限り、人の上に立ってはならないと思います。
久乗さんも、たった1カ月でしたが、さまざまな経営レベルの会議に同席し、新しい知識を学び、SNSなどの情報発信を行い、事業計画をまとめています。結構な修羅場ですね。既に、「○○さんに、こんなアドバイスをしていただいて助かりました」などの言葉が聞かれます。短い期間ですが、その中で周りの人の支えの大切さに気付けたらすばらしいですね。
──CEO for Monthに課された仕事の1つに、情報発信があります。なぜでしょうか?
経営者は、単にビジョンや経営方針を考えるだけでなく、発信し、他者に浸透させることが求められます。1度伝えただけで社員全員が理解し、すぐにその通りに動いてくれるものならば、誰にでもCEOができます。しかし「なぜAではなくBなのか」といった根拠や、その背景にある思いや意義などを何度も言葉にしていかなくてはなりません。そうでないと動いてもらえない。発信力が重要なのです。
経営幹部にはよく「伝え続けろ」「発信し続けろ」と言っています。私は間違いなく、アデコのビジョンについて誰よりも口にしている自信がありますが、それでもまだ足りてはいません。「もう聞いたよ」と言われても、なお発信し続けないと、伝わらないのです。
もちろん、発信すると責任が生じます。言ったからには、経営者自身も実践しなくてはなりませんから。しかしそうした責任を恐れていては、何も始まりません。「これを言ったら、周囲から何を言われるだろう? どうしよう」などというリーダーには、誰もついてきません。
今後求められるのは個人に向き合った対応
──日本のアデコでは、ダイバーシティについてどのような方針を持っていますか?
アデコグループは、グローバルで見ると間違いなくダイバーシティ(多様性)においては先進的です。日本においても2名の女性取締役がおり、政府が目標として掲げている30%を目指しているところです。多様性には男女だけでなく、高齢者や外国人、障害者、LGBTなども含まれるので、女性の活躍は一例ですが、日本のアデコも当然そういう方向に進むべきだと考えています。
これまでの会社は、会社対「社員という1つのかたまり」で動いていました。多様性を追求すると、1つのかたまりではなく、社員それぞれへの違った対応が求められます。10人社員がいれば、10通りのやり方をする必要がある。生産性を下げることなく、これを実現しなくてはらなりません。確かに手間はかかりますが、人は個別に向き合うと、ものすごい力を発揮します。得られる結果はとても大きいのではないかと思います。
例えば、「女性は、管理職になりたがらない」という説もありますが、実際はどうなのか、先日女性営業職4人にインタビューしてみました。すると、入社1年目の1人は、将来マネージャーになりたいと回答しました。一方で、入社4年目の人は、「自分は(管理職には)向いていない」と言うのです。しかし、なぜそう思うのかと突き詰めると、「管理職になるための知識がないから」だと言うのです。では、「仮に必要な知識や考え方が身に付いたとしたらどうか?」とさらに聞いてみると、「やりたい」と答えたのです。ただ管理職がどんなものかよくわからず、難しそうだからきっと私にはできないのではないかと思いこんでいただけだったのです。
残りの2人は、「自分が管理職になるイメージがわかない」と答えました。これは、ロールモデルが少ないことが原因でした。ロールモデルが身近にいると変わってきそうです。
たった4人の話を聞いただけでも、これだけ違う。各々に合った、的確なアドバイスやプログラムがないと、活躍してはもらえないことが分かります。高齢者や外国人、LGBTでも同じです。画一的対応ではなく、個人に向き合った対応が求められると感じています。
現在、日本のアデコでは、「キャリアマップ」というアセスメントの仕組みを作り、どんな価値を提供できるのかを評価し、本人にフィードバックをしています。今後どんな役割を果たしたいか、どんなポジションに就きたいかなど、希望や目標に応じて、教育や新たな仕事の紹介をしていきます。単に仕事を紹介するたけでなく、一人ひとりのキャリア開発に向き合う会社になりたいと考えています。