世界60カ国で人材サービス事業を展開するアデコグループが、CSR活動の一環として行う「CEO for One Month」。これは次世代のリーダー育成を目的として、CEO業務を体験するというインターンシッププログラムです。100名を超える優秀な若者のエントリーの中から、日本代表として選ばれたのは、立命館大学3年生の久乗亜由美さん。2015年7月8日から1カ月間、アデコ株式会社の川崎健一郎社長に密着し、CEO業務を体験しました。久乗さん、そして1カ月を共にした川崎社長それぞれに、日本でのCEO for One Monthを振り返ってもらいました。

「俺についてこい」型リーダーは通用しない

アデコ株式会社川崎健一郎社長(右)とCEO for One Month久乗亜由美さん(左)。2人の間には、信頼感が漂う。

【川崎社長】「CEO for One Month」は、アデコグループが世界30カ国で同時に実施するCEO業務体験インターンシッププログラムです。日本ではこのプログラムの中で、CEOに必要な資質として「人気度(Popularity)」「創造力(creativity)」「問題解決力(Problem Solving)」「判断力(Judgement)」「実行力(Execusion)」「人を巻き込む力(Encouragement)」という6つの評価軸を設定しました。

──「問題解決力」「判断力」は分かりますが、「人気度」が入っているのは、なぜですか?

【川崎社長】「人気度」というのは、ただの「人気取り」ではないのです。「この人のためなら頑張れる」「この人がそう言っているなら、信じてついていこう」と思ってもらえるような、人間の“器”を表しています。アデコには2000名を超える社員がいますが、全員にビジョンを浸透させ、同じ方向に歩ませるためには、人間としての魅力がないと難しいのです。

これからは、「俺の背中を見てついてこい」という姿勢では共感を得られません。特に、若い世代には、新しいデジタルのツールなども使ってメッセージを発信し、共感を呼び込むことが非常に重要です。CEO for One Monthにも、TwitterなどのSNSを活用しての積極的な情報発信を課しています。

──これらの評価軸について、久乗さんにはどのように伝えましたか?

【川崎社長】概要だけを伝え、あえて細かくは説明しませんでした。CEOは、自分で決めながら道なき道を進まなくてはなりません。どんな要素が必要なのか、それがなぜ必要なのかも、やってみて、自分で気付いてほしいと考えました。

判断するにはまず情報、そして「あたり」をつける

【久乗さん】これほど自分ですべてを決めなくてはならない状況になったのは初めてでした。私は判断力がないのです。川崎社長は、いろいろ質問すると教えてはくださいますが、「こうすべき」というアドバイスはなくて、「それがCEOの仕事だ」と、自分で決めるように言われました。

【川崎社長】鬼の所業ですよね(笑)。「こうしたら」と言ってしまいところをこらえていました。

アデコ株式会社川崎健一郎社長。1999年に青山学院大学を卒業後、同年、株式会社ベンチャーセーフネット(現 株式会社VSN)に入社。その後、VSNの常務取締役、専務取締役を経て、2010年3月に同社代表取締役社長に就任。2014年6月にアデコ株式会社代表取締役社長に就任。

確かに、彼女の課題は決断力ですね。本人も相当悩んでいるんじゃないかな。CEOが最も頻繁に行わなくてはならないのが、判断し、決断すること。周りの意見は聞くけれど、最終的な判断はCEOがしなくてはなりません。それも、場合によっては会社の損失になったりするような重要な決断ばかりです。決断力は、一朝一夕で育まれるものではありません。でも久乗さんは、悩みながらもとてもいい方向に進んでいると思います。

判断するにはまず、情報が必要です。このアドバイスを受けたら大抵は、あらゆる情報を収集しようとして、情報に溺れてしまいます。そして何を取捨選択していいか分からなくなり、余計に判断ができなくなります。彼女も最初の2週間くらいは、苦労したのではないかと思います。

そこを過ぎると、ある程度の割り切りができるようになります。すべての情報を得ることは不可能ですから、「このあたりの情報があれば決められるだろう」という「あたり」をつけて、決断しないと前には進めない。そうした力は、すべての経営者が常に磨いているものです。久乗さんは勘が鋭いので、たった1カ月の間で、そうした「あたり」をつけることが上手になりました。

──久乗さんが持つほかの要素についてはいかがですか?

【川崎社長】圧倒的に高かったのは「実行力」です。それぞれの要素について都度、5段階で評価しているのですが、最初から4をつけたのがこれです。さらに磨いてほしいのであえて4にしていますが、もっとも5に近い。

CEO for One Monthの初日、オフィスに入った瞬間から、それを感じました。CEO for One Monthには、ガラス張りの個室のオフィスが与えられるのですが、普通ならこうした状況に面食らって、最初は緊張して動けないのではないかと思うのです。しかし彼女は、オフィスで椅子に座った瞬間から、「写真を撮っていいですか?」と。早速SNSにアップしたりと、非常に積極的でした。

また、まったく物怖じせず、社員にも話しかけて挨拶し、名刺交換をしたりしています。こうした瞬発力や行動力は、なかなかまねできるものではありませんね。

プレッシャーに負けないためには?

──久乗さんは最初に川崎社長に会ったとき、どのような印象を受けましたか?

【久乗さん】「経営者」のイメージ通りで、怖そう、厳しそうだと思いました。でも実際は、とても話しやすくユーモアがある。社員からも慕われています。7月にあった社長の誕生日には、社員の皆さんがサプライズでお花や風船を用意していました。私の思う「経営者像」とは全然違っていました。でも、「やる」と決めたら必ずやるという実行力の高さ、人を巻き込む力や人気度など、全部兼ね備えているからこその社長なのだなと思います。

CEO for One Month久乗亜由美(くのり・あゆみ)さん。1994年生まれ。京都府出身。立命館大学経営学部に在籍(2015年9月時点)。2014年8月から2015年5月にかけて香港中文大学へ留学。立命館大学発の学生ベンチャーである株式会社アドリンクでは、タブレットを活用した外国人旅行者向けの通訳コンシェルジュサービスや、多言語で京都を紹介するウェブメディア「HOW TO KYOTO」の運営に、外国語対応スタッフとして携わる。
 

会社を経営するというのは、大きなプレッシャーがあるはずです。「プレッシャーに負けたりしませんか?」と尋ねたことがありますが、「それは捉え方次第。発想を転換することで、マイナスのものもプラスになる」と言われました。そしていくらビジネススキルや知識があっても、土台となる考え方や姿勢が正しくないと、高く積み上がらないと言われました。

【川崎社長】これは確か、インターンシップが始まってから1週間目くらいのことですね。ちょうどこの話をしていた頃、久乗さんはプレッシャーに負けそうになっていて「私にはできないかもしれません」というようなことをよく口にしていました。それを受けてのアドバイスです。

併せていくらビジネススキルを修得しても、支える土台となる考え方や姿勢が伴っていないと、積み上がる量に限界がある、という話をしたのです。その土台とはプラス思考、チャレンジ精神や積極性、それから素直な心、の3つです。

中でも素直さというのはとても大切です。いろんな情報、アドバイスを、まずは素直に受け入れ、あとで取捨選択する。それから、苦しみ、悩んでいることを含めて、人にも自分にも正直になること。そうすると周りからの支援や情報が入ってきやすくなります。

いつか必ず本物のCEOに

──川崎社長は、久乗さんにどんなことを期待していますか?

【川崎社長】久乗さんには、いつか本物のCEOになってほしいと思っています。アデコでなくても、どこでもやっていけると思います。

初めての面談のとき、彼女は「人の上に立つのは向いていない。No.2に向いていると思う」と言っていました。なぜかと聞くと、「CEOというのは、会社の利益を考えなくてはならず、難しい苦しい判断をしなくてはいけない。それは私には向いていない」と言うんですね。

それで私は重ねて聞いてみたのです。「たとえば自分がCEOを支えるNo.2の立場だったとして、CEOが業績悪化などの理由で社員を解雇したいと言い出した。あなたはどうする?」すると彼女は間髪入れず「そんなことはさせません。絶対やめさせます」と言う。「でもあなたはNo.2なんだよ?」と問うと、「でも絶対何かの方法があるはず。ありとあらゆる方法を考えて、CEOの考えを変えさせます」と言い切るのです。それはもはや、CEOですよね。

彼女は、30代と言わず、20代でもCEOになれると思います。ぜひ活躍してほしい逸材ですね。我が国に、こんなすばらしい将来性のある女性がいるのは、本当にうれしいことです。

【久乗さん】ありがとうございます! 食事の席では「その場で一番偉い人がごちそうする」という“川崎さんルール”というのがあるんです。今の私には全然がお金がありませんが、いつか川崎さんにごちそうしたいです。それを私のゴールにします。

【川崎社長】いいですね。楽しみにしています!