会ったことのない祖父の形見

私の大事にしている仕事道具の一つに、母方の祖父が使っていた古いハサミがあるんです。専門学校を出て紳士服の仕立ての仕事に就いたとき、祖母が渡してくれたものです。

滝沢滋 仕立て職人 柳下望都さん

祖父は私が生まれる前に亡くなったので、実際に会ったことはありません。だから、私はそのとき初めて自分と同じように、祖父が紳士服の仕立て職人の仕事をしていたことを知りました。

そうした偶然の繋がりを知ると、会ったことのない祖父にとても親しみを覚えました。うまく言葉にできないのですが、そういう気持ちは仕事を一生懸命に続けていく上で、とても大事にしなければならないものだと思っています。

私がこの紳士ブランド「滝沢滋」に就職したのは、いまから6年前のことでした。ここはパーソナルオーダーの紳士服とともに、フルオーダーのスーツなどを手掛けるお店です。特にフルオーダーのものは手縫いで作るというこだわりがあって、私は銀座にある店頭での接客や採寸、そして、アトリエでの仕立てまで、スーツやシャツを作る様々な工程を担当しています。

手縫いというのは必ずしもミシン縫製に勝っているわけではないでしょう。でも、そこにはミシンのなかった時代の服の作り方を大事にする、という滝沢のフィロソフィーがあるんです。手縫いといっても、単に縫製のやり方をミシンから手に置き換えるだけではなく、手縫いならではの温かさや味わいを出そうとする。そこに私たち仕立て職人の役割があるんですね。

その違いは本当に微妙だけれど、手縫いでなければ出せないものが確かにあるんです。例えば、ミシンで縫うとどうしても縫い目が硬くなってしまうところでも、ほんの少しの余裕を手であれば作り出せる――というように。

そうやって縫い目がちょっとだけ伸び縮みするだけで、体に与えられるストレスが減るわけです。着心地、動きやすさ、見た目。その全てに繊細さがなければ、「滝沢滋」の服だとは言えない、という気持ちで仕事をしています。

世界的に見ても、男性の仕事

そうした特別なスーツに何が求められるかは様々ですが、オーダーメードでの仕立てを望まれるお客様は、たくさんの人たちから評価をされる立場の方が多いです。例えば、会社の経営者の方々。社交の場や人前に出ることの多い仕事ですから、お客様によってはスーツを「戦闘服」と呼んでとことんこだわります。彼らにとってスーツは単に着心地の良し悪しだけではなく、周囲からどう見られるかという勝負の世界。それだけに店頭で接客をするときはいつも緊張しますね。

それに紳士服の仕立てというのは、世界中どこに行っても男性の仕事だとされているんです。お客様の前に立って採寸をするときの距離が近いですし、それを女性が担当することに最初は戸惑う方も多いと思います。

そこは自分が今後、乗り越えていかなければならない壁だと思っていて、どんなときでも自信満々の表情をするように心がけています。「この子で大丈夫かな」とお客様が不安を感じないようにといつも必死。たとえ心が不安で自信が持てなくても、絶対に自信のあるふりだけはする。店頭では不安を決して見せてはいけない、と気を張っています。