女の人生は長く、選択肢も多い。長い道のりを行くのに、あれもこれも手に入れて運んでいくのは負担も大きいし、そもそも皆同じであるわけもない。女の人生にはカスタマイズと捨てる技術が必要なのだ。

コラムニスト・河崎環さん

「その質問が出るってこと自体、やる気があるのかと思っちゃうのよねぇ……」

その女(ひと)は信じられないという視線を送ってきたので、私は椅子の上に正座せんばかりの勢いで姿勢を正した。「あのねぇ、男にモテることを目指しているのに、周りの女にどう見えるかなんか考えてたらダメよ。女同士で言い合う『カワイイ』はウソよ! 女には嫌われてナンボよ!」

「すみません、男性にも女性にもウケる婚活ルックなんて話を訊いて本当にすみません、(結婚20年の既婚者で子どもも2人いますが)婚活への覚悟が足りませんでしたッ!」

これは東京のオシャレ一等地にて、広告の仕事でカリスマ婚活アドバイザーに取材したときの話だ。記事のテーマは「崖っぷちアラフォーの婚活」(異論は多々あろうがぜひ広い心で読み進めてほしい)で、「アラフォー女性がいよいよ本気を出して婚活に挑もうとするとき、まずはどんな服装がオススメですか?」と、アラフォーの私が(子持ち既婚だけど)聞くというもの。軽くゆるふわっとした案件のつもりで臨んだら、当日登場した取材相手は「50代半ばなのに後ろ姿は20代」を自負するバツ3、つまり猛者であるところの超絶美魔女だった。

引き締まった体をふんわりと包む白いミニ丈のワンピースに華奢なヒール靴。艶めく巻き髪はグッと上がったお椀型の胸元で軽やかに揺れ、「今でもちょっと歩いていたら、すぐ男性に声かけられるわよ。逆に声をかけられないと、これじゃヤバいと思って麻布や青山界隈に『狩り』に行くのよ」と、もはや言うことが完全に女豹である。しかも今の「彼氏」は、息子といってもいいほど若いのだそう。「男は若くてカラダがいいのがいいわよ、こっちも崩れてたまるかってカラダを維持するから~」と聞いて、強めの刺激にこちらは鼻血を噴きそうだ。

しかしそれくらい道を極めた者が口にする教えには、染み込むような説得力がある。「アラフォーの婚活に効くのは、年齢肌に似合うピンクと黒レースの下着よ(当然上下セットよ)」と言われた私の足は、気づけば婚活の予定など1ミリもないのに下着屋に赴いていた。

さらに後日には、「夫婦問題解決の専門家」という女性にも取材機会があった。まるで狙ったかのようなタイミングである。「つまりね、熟年夫婦のそういった問題の解決法はただ一つ」、ずり落ちる眼鏡を手で押し上げながら、50代の彼女は続ける。「妻が愛の踏み絵を踏めるかどうかってことなのよ、例えば夫の要求に応えて、汗ばんだ加齢夫を舐められるか、寝室にSMグッズを導入できるかどうか」

「……。」

困って押し黙るライター(私)と編集者をよそに、昼下がりの瀟洒(しょうしゃ)な一流ホテルティールームに、彼女の「グッズはいいわよ~」という声が響き渡った。そんな彼女もバツ1で、「若いお医者さんが好きだから、イケメン医者ばっかり集めたサイトも運営しているのよ」と、ハツラツとした笑顔で去っていった。

それぞれ別の案件ではあったけれど、2人の50代女性の歯に衣着せぬ「そういう話」に、「あぁ、女は何か捨ててるくらいが一番カッコいいし面白い」という感想を持った。人の結婚をかなりの成婚率で支援しながら、自分は結婚という安定を捨てて若い男を“狩る”女。自分は若いイケメン医者をコレクションしながら、貞淑の「貞」を守るために「淑」を捨てて攻めろ、と説く女。でも、女であることを最後まで味わいつくすという点では、2人とも共通しているのかもしれなかった。

「品がない」という反応は想像に難くない。でも、彼女たちはそういう、既にあるごく一般的な型に自分をあてはめようとする気持ちを捨て、どこか突き抜けた極端さを自分に許すことによって、それぞれのニッチなニーズを開拓し、ビジネスに成功している。そしてもう一つ彼女たち2人に共通しているのは、バブル時代をトップスピードで駆け抜け、世間に与えられた分かりやすい価値観の中で、分かりやすい幸せの形を1度は(あるいは3度)やってみたということだ。

やってはみた。でもうまくいかなかった。それなら方向転換だ。次だ、次に行こう。

女の人生は長い。女は荷物も多い。長い道のりを行くには、あれもこれも手に入れて携帯するのは負担も大きいし、みんな同じであるわけもない。女の人生にはカスタマイズと捨てる技術が必要だが、よくある片付け本が諭すように、まずは「(己の)キャパ」を知ることが先決。でもそれが人生途中じゃ皆目見当がつかないから、みんな苦労したり自分探ししたり恥をかいたりするわけで。「何を捨てるか」というのは意外と結果論に過ぎず、「ホントのところ、嫌じゃない程度に何を持っていくか」を自分に聞いてみるといいのではないかと思う。

さて、刺激的な取材が続いたさらに後日。また別の仕事で「カワサキさん、今度の地方ワイナリー取材、カメラマンに英国美青年をブッキングしました」と編集さんから連絡があった。ほろ酔いで一日中美青年を眺められるなんて、酒も美青年も好きな私になんのご褒美かしらと小躍りする。だが当日いざ英国美青年君と行動してみると、私の娘(大学生)の年に近い彼を見て母の心境になり、「疲れてない?」「お腹空いてない?」「カメラ大丈夫?」「傘持とうか?」と世話焼きおばさん状態になっている自分がいた。私の「何を持っていくか」は、多分ずっと、「お母さんであること」なんだろうなぁ。

あなたは人生で、何を捨てて、何を持って行きますか?
河崎環(かわさき・たまき)
フリーライター/コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川育ち。乙女座B型。執筆歴15年。分野は教育・子育て、グローバル政治経済、デザインその他の雑食性。 Webメディア、新聞雑誌、テレビ・ラジオなどにて執筆・出演多数、政府広報誌や行政白書にも参加する。好物は美味いものと美しいもの、刺さる言葉の数々。悩みは加齢に伴うオッサン化問題。