自分が本当に欲しいもののために要求し、NOを突きつけられても前向きに交渉する。相手を打ち負かすためではなく、Win-Winを得るために。そんな「女性型交渉術」が、世界的に注目されるようになってきたという。厚かましいと思われずに着地できる秘策とは? 

私は企業などで15年間、交渉術を教えてきました。交渉というと「国と国」「ビジネス」といった硬いものと思われがちですが、人と意見が違っていても物事を前進させなければいけないときにいつでも使えるツールです。そういった状況は家庭で、会社で数多く発生していて、人は無意識のうちに1日に100回は交渉しているといわれています。ですから、交渉とはライフスキルだといえるでしょう。

エグゼクティブアドバイザー マレーネ・リックスさん

交渉は「説得」とは違います。相手に「私と同じように世界を見て感じてほしい」というのは「説得」。これは簡単なことではありません。一方「交渉」というのは、意見が不一致でも「わかりました、あなたの意見は認めます。一緒にやっていきましょう」と代替案、選択肢を出すことです。

一方が正しく一方が間違っているということではないのです。同じ職場に多様な人が働き、価値観の異なる人々とグローバルに仕事を進める中で、交渉術はますます必要とされています。

気づいていない人も多いのですが、もともと女性は交渉が得意です。コミュニケーション力があり、相手の話を共感を持って聞くことができる。それは交渉の重要なポイントです。私のミッションは、女性の交渉への意識を高め戦略的に使えるようにすることです。

ここで一番大切なのは、野心的な高い条件から交渉を始めること。高い要求を出して「NO」と言われたら……と心配する必要はありません。むしろ「NOと言われるのは良い要求ができている証拠」と自分をほめてあげてください。遠慮して要求レベルを下げてしまうと、それ以上交渉の余地も譲歩の余地もありません。「NO」は終わりではなく、交渉が始まる出発点です。

本当に大切なことは何ですか?

それでは、ここから交渉の具体的なスキルに入りましょう。

第一のフェーズは、自分が何を望んでいるかを見つけること。一人で机に向かい、さまざまな雑音を頭から締め出します。そしてパートナーが何を言おうと、同僚や上司が何を言おうと、旧世代の人たちが女性はこうあるべきだと考えていようと、自分が大切にしたいことは何なのか突き詰めていくのです。譲れないことは何か、柔軟に対応できるところはどこかを見つけておくと交渉がスムーズに進みます。

この自分との対話が一番の要で難しいところです。どうしても外部のいろんな声が気になって控えめになってしまいがちだからです。そんなとき私は、同じく野心的な友人に電話をして、野心的になれるように心がけています。

第二のフェーズは事前に種まきをすることです。アジア圏では「根回し」と言えば、馴染みがあるものでしょう。ミーティングのときまで黙って待っているだけでは、求めていることは実現できません。例えばワーキンググループのリーダーとして、去年のプロジェクトがうまくいったので今年も実現させましょうと、早い段階から意識付けをすることは、今年の取り組みに対してYESをもらうために重要です。

家庭でも同じです。私と夫の場合、私は中心部に住みたい、夫は郊外に住みたいという意見の不一致がありました。時間をかけて「私にとって中心部に住むことがどれだけ重要なのか」を夫に伝え、9年後の今、コペンハーゲンの中心部にフラットを買いました。家でも仕事でも難しい交渉ほど時間をかけます。時間をかけて、あらゆる角度から、優しく押していくんです。

3つのコミュニケーション方法

実際に交渉に入ったときは、3つのコミュニケーション方法を使います。

まず1つ目は質問をすること。NOと言われたらひるまず「じゃ、どうしたらYESと言ってもらえますか?」と質問します。質問することで相手から情報を得て活用することができます。

2つ目は、アイデアつまり代替案を出すこと。「例えば私が知っている女性でこうしていた人がいました」と、会話の中にアイデアを盛り込むことで、交渉の範囲を拡大していきます。

3つ目は、交換をすることです。会話の中で「私がこうしたら、あなたはこうしてくれる?」と言ってみます。取引と同じで、この方法だと結果が双方にとってバランスがとれたものになります。

■NOと言われたときにやるべき3カ条
・自分が求めることを明確にする……野心をしっかりもつ
・種まきをする……大きいNOほど時間をかけて
・質問で切り返す……どうしたらYESと言ってくれる?
■NOと言われたときにやってはいけない3カ条
・あきらめて家に帰る……「では、これで」
・懇願する……「お願いですよ」「助けてください」
・憤慨する……「フェアじゃありません!」

女性型の交渉術がこれからのトレンド

長い時間をかけることも必要と言いましたが、「しつこいと思われるのでは?」という心配もあるでしょう。「しつこい人」と「熱心な人」はどこが違うのでしょうか? それは自分の意見だけに固執するのではなく、譲歩する余地を見せることだと思います。

実は私も長年対立をネガティブにとらえていたし、不得意だと思っていました。でも交渉のトレーニングに参加して、自分は対立ではなく交渉をしていたんだと気づいて自信をもちました。

PUBLISHING WOMEN NEGOTIATING-In the workplace and at home
2009年に出版されたe-bookは英語にも翻訳されている。自分だけではなく、相手にとっても建設的な交渉をするための便利なヒントが満載。職場だけでなく、親や夫や子どもなど、家族相手の日々の交渉にも。

「ambitious=野心的である」は、私にとってはポジティブな言葉です。良い交渉の鍵は野心的であること。私はこうしたい、私はそれに見合う人間ですと伝えましょう。本当に欲しいもののために交渉する人は、ポジティブに受け止められます。

私の夫は企業買収を手掛ける弁護士ですが、この交渉術を使っています。従来の男性的で闘争的なやり方ではなく、今は世界的にも、アジア的な、女性的な交渉術がトレンドになっています。女性が権力をもち、リーダーシップをとるようになってきた状況から、交渉のやり方も女性が得意とするような建設的でWin-Winを求めるやり方が存在感を高めているのです。今後、女性はさらに影響力を増していくと思いますし、自分たちのやり方で活躍することができると思います。

特に日本女性はもっと野心的に、押してもいい。交渉は相手を打ち負かすことではなく、変化を起こし、世界を前進させるツールなのです。

エグゼクティブアドバイザー マレーネ・リックス
1965年、デンマーク生まれ。エディンバラ大学卒業。イギリス、アメリカ、メキシコ、オーストラリアなどの国々で学び、働いてきた経験がある。フリーのアドバイザーとして企業や個人にリーダーシップや交渉術を教える。