“鋼(ハガネ)のような人物”――それがこのノンフィクションの主人公・木全ミツ(きまた・みつ)の印象だ。鋼のようにひたむきに強く、しなやかに優しい。
「思うように仕事ができない」「組織の中で自分がうまく噛み合っていない」「会社で何をしていきたいのかが見えない」。『仕事は「行動(やったこと)」がすべて ~無名の偉人 木全ミツの仕事~』は、そんな悩みを持つ、働く女性に読んでほしい1冊。
社会のシステムを変え、働く女性の地位向上のために行動し、後世に名前を残す人は存在する。そういった偉人伝は多いが、本書はそうではない。社会を変えていくのではなく、自分が受け入れられにくい社会に“しなやかに優しく”対応していく、その軌跡が描かれている。それこそが“無名の偉人”木全ミツなのだ。
1936年、福岡県久留米市に生まれた木全ミツは、9歳で終戦を平壌(ピョンヤン)で迎える。19歳東京大学医学部に入学。23歳、労働省(現・厚生労働省)入省。25歳で結婚。27歳に長男出産。ワーキングマザーなどという呼び方もなかった時代、子育てと仕事を両立していく。その後、女性キャリア初の海外出張をおこない、留学も経験。49歳、国連大使としてニューヨークへ単身赴任。53歳で労働省退官後、翌日から「ザ・ボディショップジャパン」初代社長に就任。10年間、全国130店舗の展開を実施。65歳、NPO法人女子教育奨励会(JKSK)設立、現在まで20以上の事業を立ち上げている。
なんだ、スーパーエリートの物語か? と白けないで、考えてほしい。昭和30年代……今とは比べものにならないほど、働く女性の立場が確立されていなかった時代の話である。「女性のくせに」「女性には無理」「女性は出過ぎるな」そんな時代に積み上げてきたこの軌跡にはどんな隠された物語があったのだろうか? ページを進めていくと……。
「実行力100%」
「できるか、できないかではない。やるか、やらないか、です」
そう彼女は繰り返す。驚くことに、本書には、働く女性として道を切り拓いてきた、時代や社会に対して想う悲壮感はなく、困難に打ち勝つための秘儀もない。ひたむきに強い意志と、しなやかに優しい意思があるのみだった。
――傍観者の批評は無視する:みずから考えない人、みずから行動しない人、つまり傍観者は物知り顔で「批評」する。そんな雑音に自分のやる気をとられる必要はない。聞き流し、放っておき、自分の仕事をしっかりやるだけ。(第1章「仕事は行動がすべて」より抜粋)
ソーシャルネットワークで、個人の発信力が高まる今の時代、あらゆる人が「批評家」になってしまう危険がある。自分自身は何もしなくても、何の経験もなくても、溢れる情報を流し見するだけで“知っているつもり”になっている、という危うさ。同時に常に他人の目を気にして、他人からどう思われるかが、“自分の幸せの基準”になってしまうという無意識の現実。
スマートフォンもパソコンもなかった時代でも存在した、傍観者の「批評家」。自分の中に存在する「他人からの目を気にし過ぎる自分」の存在、そういった意識を常に消しながら、木全ミツは働いてきたのだった。
――「前例通りになんてやらないのよ」:新しいポジュションを得たとき、「前の方はどのようにされていましたか?」と前例情報を集めるが、ミツはしない。「自分の頭で考えて、いちばんよい方法をとればいいだけ」(第4章「ビジネスでこそ親友をつくる」より抜粋)
失敗をしない人生を送る人などいない。失敗をするかもしれないけれど、さらによりよい結果を求めて挑戦していく生き方と、失敗を恐れ、傷つくことを怖がり、失敗しないように、傷つかないようにと小さく縮こまって生きていくのとでは、生きることへの覚悟が明らかに違う。木全ミツの生き方、働き方はまさに挑戦の連続であると本書を読んで感じる。彼女自身は、目の前の仕事や任務を当たり前に、真っ直ぐ取り組んできただけのこと、とさらりと語るのだが(笑)。
2015年、78歳の木全ミツの1日は、朝4時半から始まる。5時過ぎに朝食をとり、6時から夫とのウォーキングを楽しむ。7時に帰宅、シャワーを浴び、7時半から日に50通以上届くメールの返信から仕事がスタート。会議、出張、講演会と外出も多い。私は冒頭に、彼女の印象を“鋼(ハガネ)のような人物”と表した。
だが最初から鋼のように強かったわけではない。新人時代、子育てと仕事の両立、上司になれば部下に対しての悩みや葛藤はあった。「できるか?」ではなく「やるのだ」で生きてきた結果、今も現役の彼女がいるのだと思う。“無名の偉人”は今日も明るく忙しいのだ。