若さへの羨望と執着。10月24日公開のフランス映画『アクトレス ~女たちの舞台~』は、華やかなショウビジネスの裏側を舞台に、エイジングに伴う逃れられない現実と対峙するベテラン女優の葛藤が描かれる。年齢を重ねて成熟した女性になるのは理想だが、実際にステップを上がるのは、かくも困難なことなのだろうか? 監督・脚本のオリヴィエ・アサイヤスが語る。
『アクトレス ~女たちの舞台~』の主人公は、ベテラン女優のマリア。彼女のもとに、自身のキャリアを開花させるきっかけとなった舞台劇のリメイクへの出演依頼が寄せられる。しかし、オファーされた役は、かつて演じた小悪魔的な若い女・シグリッドではなく、彼女に翻弄されて破滅へと追い込まれる中年女性・ヘレナの役。
マリアはアシスタントのヴァレンティンと2人、スイスの山荘にこもって役作りに臨むが、ヘレナという役に対する嫌悪感を拭えない。その上、シグリッドを演じるハリウッドの若手女優ジョアンが無性に気にかかる。ジョアンの言動をネットで検索するマリア。自由奔放な若い彼女の存在が、次第に心を侵食する……。フランスを代表する女優の1人、ジュリエット・ビノシュが、自身のすべてをさらけ出すように、マリア役を演じている。
フランス女性といえば、年齢に関わることなく人生を謳歌する自由な生き様が、雑誌でも頻繁に特集される日本女性の憧れだ。ベストセラー本『フランス人は10着しか服を持たない』が話題になったことも記憶に新しいが、“若さ偏重”の日本社会に辟易した女性たちは、いま一層「成熟した女性こそが美しい」というフランスの文化へ憧れの眼差しを向けている。
そんな女性たちが『アクトレス~』を観ると、時の流れを突きつけられてジタバタし、若い女性に翻弄されるビノシュの姿に少なからず衝撃を受けるかもしれない。“私たちが憧れるフランス女性の美への矜持は、虚像なのだろうか?”と。
“大人になる”ということは、責任をとるということ
オリヴィエ・アサイヤス監督は、「確かに、今日のフランス映画界について言えば、昔に比べて“女優は若くなければダメ”“加齢は呪い”といった感覚が薄れて、成熟した強い女性が自身を開花させています」と日本人が抱くフランス女性のイメージを一部肯定する。
「イザベル・ユペール、カトリーヌ・ドヌーヴ、ファニー・アルダンらがまさにそうで、フランスのスター・システムを支配しています。一般人にはまだ難しいことですが、社会全体が高齢化しているので、昔より“若さ礼賛”の意識から自由になっているのではないでしょうか」
ただし、その境地に至るまでには、「誰もが必ず“時間の経過”という問題と対峙しなければいけない」とも。「今までの自分を問い直し、自己批判をし、新たな自分を形成するという課題に直面しなければなりません。この映画が語っているのは、誰もが変化を強いられ、新しいステージの幕を開ける時が必ず訪れるということ。大人にならなければいけないことを受け入れる瞬間は必ず訪れる。でも同時に、自由であること、無責任であること、子供であることを完全に諦める必要もないのです」
マリアは、キャリアだけでなく、私生活においても分岐点にいる。夫とは離婚協議中の上、自分を見出してくれた恩師である劇作家が急逝。人生の折り返し地点で孤独に苛まれる彼女の目には、世間の注目を一身に浴びる新進女優のジョアンが余計にまぶしく映る。
「私はシグリットでいたい!」――もがくマリアを、アシスタントのヴァレンティンはこう諭す。「ヘレナは年齢的には成熟しているけど、心が無垢」だと。
アサイヤス監督は言う。「今日の社会は、若さをあまりにも重視するが故に、もう若くないと認める瞬間をなるべく遅らせようとしています。大人になることを受け入れるというのは、ある種責任を取るということでもあるのです。でも同時に、マリアたち芸術家は、より自由で、無責任である権利を持っている。フランス語で“演じる”という動詞には“遊び”“ゲーム”という意味があるくらいですから(笑)」
今を生き、変化し続けることを恐れない強さを持つ
『アクトレス ~女たちの舞台~』の制作に至る経緯はどのようなものだったのだろうか。アサイヤス監督は「ビノシュとは知り合ってから長い。その2人の関係を反映するような映画を一緒に作りたいと話していて、では脚本を書いてみようということで取り組んだのがこの作品。もともとこの映画のインスピレーションを与えてくれたのは彼女なのです」と振り返る。
複雑な女性心理を浮き彫りにした脚本を、男性のアサイヤスが書き上げることができたのは、ビノシュの意向が反映された結果なのかと思いきや、「書き終わるまで作品のテーマは明かさなかった」というから、女心の機微への観察眼に驚く。
「この作品に、ビノシュは惜しむことなく自分を投影してくれました。彼女がこの映画を内側から豊かにしてくれたと思っています」。実際に大女優であるビノシュが、体を張って女優の光と影を晒すことをよく承知したもの。「これは“成熟”という問題を自らに提起している、今のビノシュのポートレートなのです」と、アサイヤス監督はビノシュに敬意を込めて言葉をつないだ。
作品は、美しいスイスの自然を収めた映像美、BGMに使われる厳かなクラシック音楽、そしてシャネルが全面協力した衣装やメイクも大きな見どころだ。また現実にハリウッドで活躍中の人気若手女優、クリステン・スチュワートやクロエ・グレース・モレッツとの競演とあって、リアルなバックステージものの緊張感も楽しめる。
この映画が語る人と時間との関係は、皆に等しく訪れる問題だ。自分と向き合い、これまでとは違う価値観を受け入れ、自分自身を変化させていけるかどうか。日本人であっても、フランス人であっても、たとえ大女優であっても、エイジングに向き合い、乗り越えて生きていくのは同じなのだと教えてくれる。
映画のラスト、くだんの舞台のリハーサルに臨むマリアは、序盤の彼女から明らかに変化している。 新しいショーの幕開けを告げるブザーが鳴る時、彼女の表情から読み取るメッセージは観る者一人ひとりで違うはず。マリアは、マリアであると同時に、すべての女性たちの分身でもあるのだ。
原題:Sils Maria
脚本・監督:オリヴィエ・アサイヤス
出演:ジュリエット・ビノシュ 、クリステン・スチュワート 、クロエ・グレース・モレッツ 、ラース・アイディンガー 、ジョニー・フリン 、アンゲラ・ヴィンクラー 、ハンス・ツィシュラー
配給:トランスフォーマー
2014年/フランス・スイス・ドイツ/124分
10 月24日(土)より ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次公開
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