このレビューの読者は、本好きな人や、働く女性が多いと思います。出張で新幹線に乗ったとして、現地までの2時間半~3時間、どんな読書をしますか? 「仕事の資料を読みます!」「自己啓発書を読んで志気を高めます!」「前から読みたかった文庫を買って、この時間だけは小説の世界に入り込みます」とさまざまでしょう。中には、「ひたすら、睡眠」という人も(笑)。

『熱狂宣言』(小松成美著/幻冬舎刊)

今回紹介する本は 眠気も吹き飛ぶ傑作ノンフィクション。どんな自己啓発書よりも、“仕事をしていくこと”の意味と意義を考えられること間違いなしです。

著者はノンフィクション作家の小松成美さん。小松さんはデビュー作から一貫して、“書くことの情熱”を大切にし、繊細な取材、書く対象と読者の視線、両方を深く考え、捉えていく書き手です。小松作品に共通するのは「(その人物の)知られざる表情」「声にならない言葉、叫び」が描かれること。作品ごとに自らハードルを上げていく、その真摯な姿勢に読者は夢中になるのです。

『熱狂宣言』は、外食産業を革新し続けている「ダイヤモンドダイニング」社長・松村厚久氏の“躍動”と“苦悩”と“希望”をつづったノンフィクション。外食業界のスター、東証一部上場企業の社長といえども、誰もが知っている著名人というわけではありません。ではなぜ、本書が生まれたのか? そこから、このノンフィクションは語りだします。

意思と意志、想いが生み出す人間の物語

“業界を躍進し続ける姿”と“誰にも言わなかった若年性パーキンソン病との戦い”このふたつの宿命を背負った松村厚久氏の「(自分のことを)書いてほしい! 出版社は幻冬舎で、作家は小松成美さん」という“意思”、松村氏の友人であり、著者・小松さんの大いなる理解者でもある幻冬舎社長・見城氏の“意志”、そして小松さんが最も信頼する編集者・菊地さんの“想い”の集約が、この本の出版を実現に導きました。

構成は「現在」がプロローグとなっており、「病気の告白」「仕事への挑戦」「松村氏の少年時代」「仕事の苦悩」「素顔の松村氏」「これから」など、過去と現在、そして未来が交差し、まるで“松村厚久氏の人生のフィルム”を見ている(読んでいる)感覚になるのです。時には身内の言葉、時には社内の部下、外部の友人の証言が挟まれ、頭の中でその映像がカラー、モノクロ、セピア色、フラッシュになる瞬間も。まさにこの「構成力」は、ノンフィクションを書き続けてきた著者の力量と、担当編集者のチカラの結晶と言えるでしょう。

「パーキンソン病の病状は常時、松村につきまとう。けれど彼は少しもこの病に動じてはいない。人前に出て話し、笑い、動き続ける体がソファーに倒れ込んでも、座っている椅子からずり落ちて床に座り込んでも、それが松村厚久だと淡々とやり過ごす」(本文より、抜粋)

若年性パーキンソン病である松村氏への取材は、「すべてお話し、お答え致します。何でも聞いてください」という松村氏と、彼の体力と気力を気遣い、しかし情に流されるようなことは決してあってはならないという小松さんの、まさに“熱”と“熱”の戦いだったと想像されます。結果、気迫のノンフィクションが生まれました。著者・小松さんは、この作品で作家としての次なる場所、はるかに高いステージに立った、と言っても過言ではないでしょう。

働く喜びは、生きる喜び

『熱狂宣言』は、松村厚久氏の、何が起ころうと絶対に屈しない精神と行動の軌跡です。若くして外食産業に進出し、既成概念を乗り越え、ビッグマウスと呼ばれても臆することなく、非効率・不可能と言われ続けても、「1店舗1コンセプト」を推進し、「100店舗100業態」を達成した斬新なアイディアと、その実践の“仕事熱”は常に加速するばかりです。同時に「株式を有し時価総額をもって会社の価値を語れる存在になる」「上場して、社員が銀行で住宅ローンを組めるようにしていく」「過酷な労働、低賃金の外食業界ではなく、(仕事における)チャンス、たくさんの給与が手に入るよう改善する」など、現実を直視しリアリストであり続ける、経営者・松村厚久氏の横顔にも迫ります。

「意思、感情、感覚、直感、すべてが冴え渡っていくんですよ。(中略)察知力、分析力、決断力も、病気の前とは比べものにならないほど鋭敏になりました。社員たちの力、仲間の力を借りながらですが、さらに大きな仕事に挑めることへの喜びもあります」(本文より、松村氏の言葉を抜粋)

2015年6月、1本の電話が鳴り、ダイヤモンドダイニングの東京証券取引所一部上場への指定変更の承認が告げられ、このノンフィクションは終わります。しかし本が完結しても、松村氏の人生は続きます。社長として、会社として、そして社員・スタッフひとりひとりの仕事も続いていきます。『熱狂宣言』は終わり、松村氏の“ネクスト”が始まっていくのだと痛感しました。

読書の秋に向かって、『熱狂宣言』を読んでみませんか? 故郷へ帰る列車の中で、出張に向かう新幹線の中で、休暇がとれない人は休憩時間に、通勤の電車の中で、渾身のノンフィクションに触れ、自分の中の“熱量”を確認してみてはいかがですか? 読後、何を感じ、何を想うか? あなたの“熱量”はきっとあなた自身の心が答えてくれるでしょう。