社会と会社に責任感をもち、コツコツ働き続ける女性と相性ばっちりの「お金との付き合い方」を、セゾン投信社長・中野晴啓さんに教わる連載「知的でエレガントなお金の育て方、教えます」。「脱・預金バカ!」のメッセージを掲げた連載第1回は大きな反響がありました。今回は、どのようにして「預金は正義」が日本人の常識となっていったのか、その歴史を紐解きます。

「預金は正義」に歴史あり

私たち日本人はこぞって預金好きです。というより「預金は清くて正しい行動」と子供時代から教わって、読者の皆さんも育ってきたはずです。

セゾン投信株式会社 代表取締役社長・中野晴啓さん

もちろん預金が悪事であるはずはありません。「わっちは宵越しの金は持たねー!」とばかり、ひたすら放蕩の限りを尽くすかつての江戸っ子より、自分の将来を考えて堅実に貯蓄に励むこと自体は、真面目な生き方なのは間違いありません。

されど経済の状況や社会環境の変化により、それが絶対不変の賢い選択ではない! ということを、今だからこそプレジデントウーマンオンライン読者の皆さんに気付いていただきたいのです。

さて今回は、私たち日本人に「預金は正義」を常識化させた歴史を辿ってみましょう。今年は戦後70年です。即ち1945年に日本国は太平洋戦争に負け、敗戦国として終戦を迎えました。国家の富を使い果たした結果の敗戦で、日本は至るところ焼け野原となり、日本政府は実質的に破産状態の中で、戦後の復興を模索しなければなりませんでした。

もう一度、欧米先進国に負けない強い経済をこの国が取り戻すためには、まず産業を育てなければなりません。ところがそのためには、当然の如くお金が必要です。しかし政府は戦争でお金を使い果たし、国庫財政はほとんど空っぽです。

預金が高度経済成長を支えた!

そこで当時の政府の役人たちは考えました。確かに政府にはお金がないけれど、戦争を生き抜いた日本国民7200万人の生活者は各々お金を持っているはずだ。国民の持っているお金を活用して、近代産業振興に振り向ける方法はないものか。

そこで閃いたのが「預金」だったのです。政府は国民に徹底してこう発信しました。「皆さん、頑張って預金をしましょう! みんなで預金をすれば幸せな世の中になりますよ!」。洗脳とも言える霞が関からのこのメッセージにより、当時の国民はせっせと預金に励んだわけです。そして国民の預金は、銀行に集まりました。7200万人がこぞって預金をすれば、一人ひとりのお金はたいしたことはなくとも、けっこう大きな金額になったのです。

さて集まった預金は、銀行を通じて融資というかたちで、新しい産業育成に大胆に投入されました。まずは「鉄は国家なり!」と欧米に負けない鉄鋼業を勃興させるべく、当時の日本興業銀行(現みずほ銀行)は、川崎製鉄千葉製鉄所の最新高炉建設資金を、蛮勇を振るい一括融資し、見事アジアで初の近代的銑鋼一貫製鉄所の実現を果たしました。

失敗すれば興銀は倒産という巨大スケールの、まさに命懸けの資金融通だったのです。その資金のおかげで、日本は世界有数の鉄鋼産業国家への礎を築きました。こうした銀行融資を通じた産業振興はその後枚挙にいとまがなく、自動車・重電・製紙・造船・エレクトロニクスなどなど、今私たちが知る日本を代表するモノづくりの重厚長大産業はことごとく、当時の銀行の勇猛果敢な決断によって、生活者から集められた預金が融資に活用されて育成され発展してきたのです。

つまり奇跡と言われる戦後日本の高度経済成長は、国民から集められた預金の活用なしには決して実現できなかったわけで、この当時は政府の言う通り、預金が幸せな社会を作るために見事に活用されてきました。そして銀行は、近代産業育成へと立派に金融の役割を果たし、カッコいい仕事を成し遂げていたのです。

戦後70年、「預金は正義」の時代が終わる!

このように20世紀高度経済成長の歴史以来、日本には「預金は正義」の文化が根付いたのですが、同時にもうひとつの常識が定着しました。それは、銀行は偉いという「銀行神話」です。

銀行は戦後日本経済の復興を資金面で専ら支える存在として、日本の産業界の頂点に君臨、圧倒的に正しい存在として私たちの意識の中にも定着したまま今に至り、「銀行神話」に裏打ちされた「預金は正義」の常識は、現在の日本社会にも根強く息づいているのです。

こうした過去に鑑みれば、高度成長時代に育ってきた両親から、「預金をしておけば良いことがあるのよ」と皆さんが育てられてきた所以も納得できることでしょう。

さて問題は、戦後70年を経て高度成長期を終え、成熟経済国になって久しい今の日本経済の構造下において「預金は正義」の価値観がいよいよ瓦解し始める時が到来した、という事と共に、「銀行神話」の常識も冷静に疑ってかかるところから、「自分の未来をデザインする」プラン作りを読者の皆さんに考えていただきたいのです。

次回は「脱預金バカのすすめ」の“なぜ?”を「銀行神話」なるものを紐解きながら、解説していくことといたしましょう。

中野晴啓(なかの・はるひろ)
セゾン投信株式会社 代表取締役社長
1987年明治大学商学部卒業後、現在の株式会社クレディセゾン入社。セゾングループで投資顧問事業を立ち上げ、海外契約資産などの運用アドバイスを手がける。その後、株式会社クレディセゾン インベストメント事業部長を経て2006年に株式会社セゾン投信を設立、2007年4月より現職。米バンガード・グループとの提携を実現し、現在2本の長期投資型ファンドを設定、販売会社を介さず資産形成世代を中心に直接販売を行っている。セゾン文化財団理事。NPO法人元気な日本をつくる会理事。著書に『投資信託はこうして買いなさい』(ダイヤモンド社)、『預金バカ』(講談社)など。