1987年に世界文化遺産に登録されたイタリアの“水の都”ヴェネツィア。その街と周辺の島々で、期間限定で催される現代美術の祭典「第56回ヴェネツィア・ビエンナーレ」。今回のレポートでは、一般公開に先駆けて行われた内覧会から、概要と表彰された作品の数々を紹介します。

現代アートの祭典「第56回ヴェネツィア・ビエンナーレ」がイタリア・ヴェネツィアで2015年11月22日まで開催中です。今回は、一般公開に先立って開催された「VERNISSAGE(ヴェルニサージュ)」という招待者限定の内覧会の様子をレポートします。

近年はヴェネツィア・ビエンナーレ人気が加速的に高まっていることもあり、取材目的であってもこの招待状を手にするのがとても難しく、プラチナチケット化しています。4日間にわたって催される内覧会の期間は世界中のアート関係者が一堂に介する、世界有数の社交の場でもあるのです。

メイン会場のひとつ、ジャルディーニ。企画展会場として機能している。
56^th International Art Exhibition - la Biennale di Venezia,/All the World’s Futures/Photo:Stefano Marchiante/Courtesy:la Biennale di Venezia

内覧会期間中は、各国パビリオン主催のオープニング・レセプション、ミュージアムやギャラリー、作家やコレクターが主催するディナーやカクテルパーティー、ランチョンミーティングが開かれます。ほかにもアート支援をしている企業や各種団体が昼夜を問わず、多彩な催しを繰り広げます。

会場や街中など、いたるところでアート談義をする人々の姿を見かけますが、アートシーンの最前線とともに、人を介して業界のさまざまな最新情報にも触れることができる貴重な機会でもあるのです。

「ALL THE WORLD'S FUTURS」~全世界の未来

第56回ビエンナーレの総合ディレクターは、1963年生まれでナイジェリア出身のオクウィ・エンヴェゾー氏。キュレーターであり、芸術評論家、作家、詩人というマルチな才能の持ち主です。ポスト植民地主義や政治的な問題などを扱った展覧会を数多く手掛け、現在はドイツ・ミュンヘンの美術館「ハウス・デア・クンスト」のディレクターを務めています。数少ないアフリカ出身のキュレーターとして若い頃から国際舞台で活躍し、社会的なアプローチで数々の展覧会や国際芸術祭を成功に導いてきました。

第56回ビエンナーレの総合ディレクター、ナイジェリア出身のオクウィ・エンヴェゾー氏。
Okwui Enwezor/Director of the Visual Arts section ? la Biennale di Venezia/Photo: Giorgio Zucchiatti

今回の全体テーマは「ALL THE WORLD'S FUTURS(全世界の未来)」。このテーマをもとに、企画展示は「リブネス:壮大な時の流れの中で」、「無秩序の庭」、「源泉:ライブ・リーディング」の3つで構成されています。

特徴の1つとして、数々の歴史的な変遷を経てきたヴェネツィア・ビエンナーレが、あらゆる領域について横断的に探求する場であることを体現するため、セントラル・パビリオンに常設の大きなアリーナ(劇場空間)が設置されています。そこではトーク、朗読や音楽、ダンスなど社会的なテーマに即したパフォーミング・アーツや映画などを常時楽しむことができます。

ディレクターのオクウィ氏は、ステイトメントの中で「グローバル化という複雑さに覆われた地球上のあらゆる場所で、深刻な亀裂が生じている。この不安定で不確定な世界において、いかにして相互に理解し、つながるのか、アートとアーティストの新しい関係性を提案し、全世界の未来を示唆することに挑みたい」と述べています。

ビエンナーレ初参加続々。アートに多様性の波あり

「ALL THE WORLD'S FUTURS」というテーマのもと各会場では、世界各地で日々起こっている問題や、過去から未来に続く課題など、世界中の作家が時代と社会に向き合う作品を展示しています。壮大なテーマということもあり「企画展」に初参加の作家は89組にのぼり、2013年の前回を大幅に上回る53カ国136組が参加しています。

全体テーマ「ALL THE WORLD'S FUTURS(全世界の未来)」。壮大なテーマに出展作品も大幅に増えた。図録も圧巻だ。

特にアフリカや中南米など、多様な地域からの作家起用が目立ちます。

「国別パビリオン」は、グレナダ、セーシェル、モザンビーク、モーリシャス、モンゴルが初参加となり、企画展の作家と同様、前回をはるかに超えて全89カ国に。オクウィ氏が目指すものが、数字にも表れています。

各国から受賞者集結!

ヴェルニサージュ最終日の5月9日には、ビエンナーレ財団の本部で各賞の発表と授賞式が開催されました。

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授賞式にて。左から、エル・アナツイ、スザンヌ・ゲッツ、オクウィ・エンヴェゾー、エイドリアン・パイパー、アルメニア館キュレーターのアデリーナ・フォン・フュルステンベルク、ジョーン・ジョナス、イム・フンスン。現在66歳のエイドリアン・パイパーは、1960年代からコンセプチュアル・アートという分野で活躍し、現在でも多くの作家や観客に影響を与え続けている作家の1人。人種やジェンダー等、社会のさまざまな問題が作品やパフォーマンスのテーマになっている。

企画展参加アーティスト部門ではアメリカ出身でドイツ在住のエイドリアン・パイパー氏が「金獅子賞」を受賞。その他、企画展に参加した若手アーティストが対象の「銀獅子賞」は、映像作品を発表した韓国出身で1969年生まれのイム・フンスン氏が獲得。「特別表彰」は、昨年他界した映像作家ハルン・ファロッキ氏、シリアを拠点に活動する映像グループのアブナダラ、アルジェリア出身のマッシニッサ・セルマーニ氏の3氏が受賞。

国別パビリオン部門の「特別表彰」はアメリカ合衆国館がジョーン・ジョナス氏の個展形式の展示で受賞し、それぞれが式典で登壇しました。

また、現代アフリカ美術を代表する彫刻家のエル・アナツイ氏が長年に渡る功績を認められて「栄誉金獅子賞」を、シカゴ大学ルネッサンスソサエティで40年あまりディレクターを務めたスザンヌ・ゲッツ氏が「芸術貢献特別金獅子賞」授賞し、表彰されました。

アルメニア共和国、初の「金獅子賞」受賞!

今回、最も印象的だったのは、89カ国が参加した国別パビリオン部門で表彰されたアルメニア館の「金獅子賞」です。その名前が発表された瞬間の各国ジャーナリストの反応は、ほぼ「アルメニア? ノーマーク!」でした。その証拠に、記者会見の後はほとんどのプレスがアルメニア館に殺到する光景が繰り広げられました。

アルメニアのキュレーター、アデリーナ・フォン・フュルステンベルク。
ARMENIA, Repubblica di/Photo by Sara Sagui/Courtesy:la Biennale di Venezia

アルメニアの展示は、ヴェネツィア本島から、船で20分ほど離れたサン・ラザロ島にある、小さな修道院が会場になっています。

限られた滞在期間中にメイン会場を回るだけでも精一杯という状況の中で、船の本数が限られているため半日かかってしまうこの島を訪れるという判断は難しいのですが、アルメニア館の展示は金獅子賞に値する素晴らしいものでした。この展示を観るために、今回のビエンナーレに行くことをお薦めしたいほどの価値があります。

アルメニア館は、ある特定の場や空間全体が作品体験となっているインスタレーションとしての優れた表現に加え、島であること、修道院であること、なぜこの地が選ばれたのかなど、一つひとつに深い意味があります。

また今年は、アルメニアの歴史にとって特別な意味を持っており“第一次世界大戦下でのアルメニア人虐殺100年目”という節目の年でもあります。各賞の発表がヴェルニサージュの最終日なので、大多数の人が見逃してしまい、アルメニア館のためにビエンナーレを再訪する人が多いそうです。

国際芸術祭は期間限定、会期が終われば跡形も無く消えてしまうのです。次回は話題のアルメニア館を中心に、ビエンナーレの見所をハイライトでご紹介したいと思います。