今年で120周年を迎える「第56回 ヴェネツィア・ビエンナーレ」(2015年5月9日-11日22日)。現地より4回にわたり、ヴェネツィア・ビエンナーレの成り立ちや見どころをレポート。夏休みの予定がこれからのあなた、日の長い夏のイタリアで、アート三昧はいかが?

ヴェネツィア・ビエンナーレ入門2015

いつも世界のどこかで、「ビエンナーレ」や「トリエンナーレ」が開催されていることをご存知ですか? これは国際芸術祭の名称ですが、21世紀は百花繚乱の時代を迎えています。

国際芸術祭とは、時代や国や地域、人種を超えた作家達の作品を鑑賞するだけでなく、演劇やダンスなどパフォーミングアーツも催され、トークやワークショップなど鑑賞する側も参加できるアートのお祭りです。祝祭性のある大掛かりなイベントを定期的に一定期間開催するシステムで、運営母体は国や自治体、財団などさまざま。

ビエンナーレ財団の外観。
Ca’ Giustinian Headquarters of la Biennale di Venezia 2010
Photo:Giulio Squillacciotti
Courtesy:la Biennale di Venezia

日本国内では、規模の大小はあるものの20件以上、海外では非営利団体Biennial Foundation(ビエンナーレ・ファンデーション)のサイトによると、2015年5月末現在、5大陸で約181件が紹介されています。ちなみに、ビエンナーレとはイタリア語で、2年に1回、トリエンナーレは3年に1回、という意味です。

この国際芸術祭の起源といわれ、世界最古にして現代アート界の中でも高い格式と最大規模を誇っているのがヴェネツィア・ビエンナーレです。奇数年は現代アート展、偶数年は建築展を開催しています。1895年に始まり今年で120周年、56回目(会期:2015年5月9日-11日22日)を迎えました。

ヴェネツィア・ビエンナーレはさまざまな経緯を経て、現在はイタリア政府が後援しているNPOヴェネツィア・ビエンナーレ財団が主催し、国際的に評価の高い総合ディレクターを毎回選出して全体テーマを掲げています。ディレクターによる企画展や参加各国が展覧会を開催し、優れた作家や国別のパビリオンには賞が与えられるのが特徴です。

おおよそ5月~11月の間に開催されますが、主な会場は2箇所。イタリア語で“庭”という意味で市内最大の公園「ジャルディーニ」と、国立造船工場跡地「アルセナーレ」がメインとなり、ほかにも市内の至る所で展覧会が繰り広げられます。開催期間中は、街自体が大きな美術館と化す、といっても過言ではありません。

アートを探して、街を愉しむ

メイン会場の1つで、古くから会場になっているジャルディーニには、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツや日本など約30カ国以上が建築・運営している恒久的で独立したナショナルパビリオン存在します。その他、開催テーマを軸にした展示をする企画部門の会場として巨大なセントラル・パビリオンがあります。

(上)ナショナル・パビリオンの1つで、各国の評価が高かった「日本館」外観。
(下)メイン会場の1つ「アルセナーレ」の一部。国立造船所跡地のため、大がかりな展示も。

各パビリオンは、広大で自然豊かな公園内に点在しており、芝生広場や涼しげな川べりなど、素晴らしいロケーションの中を、散策しながらアートを鑑賞することができます。それに加え、デザインや趣向をこらしたカフェやショップなどが出店し、カタログやグッズなど買い物を楽しんだり、ジェラートを食べながらのんびりアート談義に花を咲かせる来場者の姿が目立ちます。

もう1つのメイン会場、国立造船所跡地のアルセナーレは、海沿いのドックが併設された、細長い巨大な倉庫のような建物です。開催期間中に何万人も訪れるジャーナリストのためのプレスセンターや、子供のための教育普及のサイト、カフェやレストラン、ショップが併設され、この広大な敷地内で1日過ごすこともできます。

2つのメイン会場は入場券制になっていますが、市内のさまざまな場所で国別や企業をはじめ、たくさんの展覧会やイベントが有料・無料で開催されていて、まるで現代アートという引力によって形成されている銀河系のようです。

水の都の“不便”を愉しむ

会場があるヴェネツィア本島内は、ご存知の通り、車やバイク、自転車などが入ることができず、基本的に歩くか、運河を船で移動するしか移動手段がありません。

道も運河も複雑に入り組み、あるところは細い迷路のように見通しが極端に悪く、移動に時間がかかります。あまり親切でない公式の地図を頼りつつ、通りの名前に目を凝らし、目印に乏しく探しにくい展示会場を毎回迷いながら探すのが恒例の鑑賞スタイルです。

バポレットと呼ばれる水上バスは、たくさんの路線がありますが、時間通りに運行していなかったり、ハイシーズンには満員で乗船どころか下船できなかったり!

ヴェネツィア以外の近隣の小さな島にも会場が点在しているため、目的の島へ移動しようにも、1時間に1往復の便さえも欠航していたなど、何度も来ていると、地元特有のマイペースな運航にも驚かなくなります。水上タクシーもありますが、値段が高く交渉力が試されるので、観光客には気軽に利用できる感じではありません。

一方で、この欠点ともいえる“徹底的な不便さ”が、結果的に長い年月を経てもビエンナーレの成功と成長を促している1つの要素とも考えられます。

非日常の空間&時間を贅沢に愉しむ

ヴェネツィアは、歴史的には中世ヴェネツィア共和国の首都として栄華を誇り、現在も「水の都」「アドリア海の真珠」と讃えられ、世界有数の観光地として今なお多くの人々を魅了し続けています。大小の島々がラグーナと呼ばれる干潟に散在し、海からのエントリーが一番スムーズに設計されていて、たくさんの客船が港に停泊しています。

また、運河を船でいくという移動の非日常性や、船上から眺める街並と水景の美しさに加え、電車や飛行機でヴェネツィアに入っても、必ず船に乗り換えしないと会場にたどり着けないので、何をするにも時間の余裕が必要です。

先に述べた“徹底的な不便さ”が、来訪者に必然的に長期間の滞在を余儀なくするので、こうした2、3日では観きれないほどの大規模な展覧会に向いているロケーションともいえるのです。

過去からの財産である、華麗な街並と古典的なインフラシステムはそのままに、最先端にして質の高い現代アートというコンテンツで刷新感を演出し、不便さですら味方につけるヴェネツィアの魅力と、したたかな計算、そして戦略がビエンナーレから浮かび上がってきます。多くの観光客が何度でもこの地を訪れるという成功が、今、世界各地で行われている国際芸術祭の源泉ではないでしょうか。

ビエンナーレのシーズンが始まると価格が高騰するにも関わらず、宿を確保するのがとても困難です。世界中から集まる作家、キュレーター、コレクター、文化人や芸能人などの富裕層は、「開催時期に合わせて、5つ星ホテルを一生涯予約している」という話をよく耳にします。

簡単にはたどり着けない場所にもかかわらず、伝統に培われた資産に加え、現代アートの祭典を隔年で開催することによって、人々を魅了してやまない力をヴェネツィアは持ち続けているのです。

※次回は第56回ヴェネツィア・ビエンナーレで評価の高い、ナショナル・パビリオン「日本館」の作家、塩田千春さんのインタビューをお届けします。7月2日更新予定。