17万いいね!の現実

「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。」と題したブログを書いたのは、2014年の1月だった。自分のブログからハフィントンポストに転載されると、またたく間に拡散されて17万もの「いいね!」がついた。あまりの多さに、喜んだというよりどう受け止めていいのかわからなかった。

ハフィントンポストへ転載されたブログは、このビジュアルとともに拡散され、17万いいね!になった。境氏自身が、子育てに纏わる現状、その現場で切磋琢磨する人々の取り組みを実感した出来事だった。

私の本業はコピーライターだが、メディアが今後どうなるかをテーマにブログを書いていて、その方面のコンサルティングのような仕事もしている。ブログのテーマを少し社会的な話題にも広げてみようと書いた中でたまたま、ふと気になった赤ちゃんと世の中のことを書いただけだった。その道の専門家などではまったくない。

だがブログを読んでくれた若いお母さんたちから、熱いメールがたくさん届いた。励まされました。よく言ってくださいました。今後も頑張ってください。そう言われて戸惑った。1回書いただけなのに。

だがそんなメールの中に、ほんとうに深刻なムードで「私はこの子を産んでよかったのだとあらためて思いました」と書かれたものがあり、これにはじわっと来た。17万いいね! は、育児の大変さに直面し、毎日を必死でこなす切実な母親がいかに多いかの表れだったのだ。

メールの中にたまたま、10年ほど前に一緒に仕事をした女性からのものがあり、いまは自主保育で子どもを育てていると書いてある。自主保育? それはどんな保育だろう、と興味が湧いた。じゃあ、取材しに行ってみるかな、というわけでほんとうに頑張りはじめてしまった。

子は育つ! 待ったなしの母親たちの取り組み

取材はその後、自主保育から共同保育、赤ちゃん先生プロジェクト、asobi基地、アズママなど様々な保育活動に広がった。取材をしていると別の活動と出会い、ブログに書くと新たなグループからメールが来て、といった具合に、記事にするたびに広がっていった。保育に関して、こんなにたくさんの女性たちが、こんなに多様な活動をしているとはと驚き、新鮮だった。

記事はブログに次々公開していったが、本にできないかと思い、ブログで出版を呼びかけてみたら、唯一、三輪舎という聞いたことない出版社からメールが来た。会ってみると、出版社を起ち上げたばかりの熱い若者が、社会を変えたい想いを熱く語ってきた。いつの間にか彼のところで出すことになってしまい、2014年12月に出版した。ろくに売れやしないのだが不思議といろんな反応はあり、いろんな人と出会った。

そんな出会いの中に、プレジデント社のチームもいた。女性向けのオンラインメディアを起ち上げるというので、じゃあ連載をさせてくれ←イマココ、というのが本記事だ。

育児と社会の問題を考えてきて、「こういうことかな?」という自分なりの結論を本の最終章に書いた。それは、これまでの日本社会は会社中心に組み立てられていたのを、子育てをするコミュニティを中心に組立て直すべきだ、というものだ。あまりにも大ざっぱだが、例えば欧米の一部が少子化を克服できたのは、そういう構造改革をなしえたからだ。

ただ、ここからは途方に暮れることになる。いま書いたことはおそらく、誰も反対しないどころか、誰しも大賛成することのはずだ。だが少子化問題は90年代から言われてきたのに解決しないどころか、事態は悪くなる一方だ。これはいったい、どういうことだ!?

歩み寄る糸口は探せるか。

育児の困難を解決し、少子化に対する策を具体化するのは、国政より地方行政だと私は思う。いま足りないと話題沸騰の保育所をつくるのも、国家ではなく自治体だ。つまり、少子化を解決するのは市町村なのだ。

いま、いろんな自治体が子育て支援に策をめぐらせはじめている。大都市圏でも、過疎化が進む農村でも、子どもを育てやすい環境を整えて若い世代を呼び寄せ、その自治体の将来を再構築していこうとしている。子育て支援を実現した自治体では、どんな考えでどんな施策が実行されたのか。移り住んだ人はどう生活しているか。見に行って記事にしてみたい。

一方で、子育てをめぐるもっとあからさまな“問題”もあちこちで噴出している。東京都目黒区で2015年4月のオープンに向けて準備していた新しい保育所が、住民の反対運動により開園を延期したという。このニュースを聞いて、反対運動を起こした住民たちをののしるのは簡単だ。保育所を切望する若い家族の気持ちがわからないのか。子どもを疎んじる年配者は公共心がない。そんなことを言いたくもなる。

だがそこにこそ、私たちが解決するべき問題がズシンと存在するのだと思う。定年を迎えてようやく落ち着いた余生を送ろうとする人びとが静かな生活を奪われるのは困ると言うとき、私たちは「日本の少子化を解決するためにエゴを出すな、ガマンしろ」と責めるべきなのだろうか。

そうではなく、なぜその人びとは保育所が来ると聞くと「うるさくなる」と感じてしまうのか、そう感じてしまう人びとと保育所はどうやったら折り合いがつけられるのか、そこをこそ考えるべきなのだと思う。

私たちは、お互いにお互いをルールで縛りあい、踏み外さないよう監視しあうようになってしまった。ルールを少しでも破ると「ほら! ルールを破った!」と指摘する。日本のいびつな公共心の結果がそこにはあるのだ。ルールとはそもそも、みんなが助け合って生きるためにできたはずなのに。

共に助け合う。そんな簡単なことこそが答えの糸口だと私は思う。その糸口をそれぞれの町で探し当て、複雑に絡み合う人びとの気持ちを解きほぐせるか。いや糸口を見つけるだけでもできれば御の字だが、そんな記事にこれから取り組んでみようと思う。皆さんからも情報や意見を届けてくれるとうれしい。

境治(さかい・おさむ)
コピーライター/メディアコンサルタント
1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボッ ト、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランス。ブログ「クリエイティブビジネス論」でメディア論を展開し、メディアコンサル タントとしても活躍中。最近は育児と社会についても書いている。著書にハフィントンポストへの転載が発端となり綴った『赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。(http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4990811607/presidentonline-22/)』(三輪舎刊)がある。