自分を動かすには、まず「内なる自分」を説得しよう

欧米と比べるとまだまだですが、日本での女性の社会進出は当たり前のようになってきました。また女性のリーダーも増えてきています。しかし、期待通りの結果が出ず、呻吟(しんぎん)している女性もまた増えています。私は自分がハーバードで学んだ交渉術を使って、いろいろな場面を切り抜けてきたつもりでしたが、いつも物足りなさを感じていました。何かが足りないのです。そしてその何かは人間の内面にあると考えて、「ハーバード交渉学内面研究所」を開設し、その研究結果をまとめて『Winning From Within』(邦題『ハーバード実践講座 内面から勝つ交渉術』) を上梓しました。

原題『Winning From Within』。人間の内面には4つの人格があり、その特徴と役割を熟知することで自分を改革できるというフォックスさんの研究成果をわかりやすく伝える。講談社刊。

頭では「すべき行動」がわかっているのに、実際にとってしまう行動が異なることも多かった。ここではキャリアだけではなく、人生をより楽しむためにその「何か」について説明したいと思います。

人間は誰でも4つの人格を持っています。それぞれ異なる人格ですが、これをバランスよく機能させないとパフォーマンスギャップに陥ります。

その4つの人格とは、【夢想家】【思考家】【恋人】【闘士】の面で、会社組織にたとえると、それぞれCEO(最高経営責任者)、CFO(最高財務責任者)、head of HR(人事担当副社長)、COO(最高執行責任者)にあたります。内面の交渉役と呼んでもいい。

たとえば、夢想家の面が「イノベーションを起こさなければならない」と言い、将来を想像してそのビジョンを実行に移そうとしたときに、思考家つまりリスク管理を担当するCFOの声が非常に静かであると、期待通りの結果にならないパフォーマンスギャップに陥ります。4つの人格の1つか2つだけが強すぎると後悔する行動を取ることがあります。

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人間がもつ4つの人格

まず自分の内面と交渉することはリーダーシップに必要なもっとも基本的なことです。これがうまくいくと他人との交渉もうまくいきます。興味深いことに、この4つの要素が脳にも存在することがここ10年の脳科学の分野で証明されています。それはどんな人間にもこの4つの人格があるということを意味します。

この4つの人格を私はビッグ4と名付けましたが、それが同等に力を発揮したときに『360度のリーダー』になれるのです。

ビル・ゲイツがその好例ですが、彼はビジネスマンとして功成り名遂げて、人道主義者としても同じくらい甚大な影響力を持っています。これは非常に希有なことです。彼は思考家、闘士の面と恋人の面をうまくバランスをとり、ビジネスにささげるエネルギーと同じだけのエネルギーを困っている人に対してもささげています。これこそ『360度のリーダー』です。

人生を旅ととらえれば前向きに挑戦できる

この逆の例がスティーブ・ジョブズと言っても過言ではありません。

彼は夢想家の面が極端に膨らんで、かつて存在しなかったビジョンのある企業を生み出しました。でも彼は自分と血がつながった子どもでさえも15年間認知しなかったくらい冷酷な人間で、従業員の心理にほとんど留意しなかったことでも有名です。ビッグ4の【恋人】の面がまったく使われなかった例です。ビル・ゲイツのように、ビッグ4のバランスがとれた人が理想的なリーダーです。【夢想家】が夢の実現を切望し、【思考家】が物事を分析し、【恋人】が人とのつながりを促すわけですが、【闘士】は結果をもたらす役割を果たします。

ではなぜ目的を達成した人が、その成功によってだめになってしまうということが起こるのでしょうか。それは人生のとらえ方に問題があるのです。

Erica Ariel Fox(エリカ・アリエル・フォックス
プリンストン大学を経て、ハーバードロースクール修了。現在、ハーバードロースクールで交渉学の教壇に立つ。また、McKinsey Leadership Developmentのシニア・アドバイザーとしても活躍中。