国際的なビジネスシーンで、アートは常に注目されています。21世紀、経済と文化の関係は深みを増し、“嗜みとしてのアート”の知識が日本のビジネスパーソンにも求められる時代になりました。ゼロから学ぶのは大変ですが、知っていると仕事も人生も豊かになる、そんなアートの現場を紹介します。

光と影、懐かしい未来を描く

Ryota Kuwakubo(クワクボリョウタ)氏の「LOST#12/2014」Courtesy:The artist
メディア・アーティストであるクワクボ氏は、光と影を操り幻想的な世界を創り上げた。鉄道模型につけたLED光源が、真っ暗な部屋の日用品や工業製品の間を通過し、壁面や天井に幻想的な影絵を描き、観客はその光と影のコントラストにひきこまれ、そのさざめきがBGMとなり空間を演出する。 1971年栃木県出身生まれ。東京在住。

第2回「コチ=ムジリス・ビエンナーレ」のテーマは「Whorled Explorations」(文末参照)。2014年12月12日~2015年3月29日、8カ所の会場で30の国/地域から94名の作家が参加した大規模な芸術祭を【前編】に続き現地レポートします。

旧市街にあるメイン会場のアスピンウォール・ハウスだけでも確実に1日はかかる、という圧倒的な作品数と広さの中、日本からクワクボリョウタ氏が作品を展示しました。1971年栃木県出身で、新しいテクノロジーを積極的に取り入れるメディア・アートの分野で、数々の受賞歴を誇る「デバイス・アート」の第一人者。デジタルとアナログ、機械と人間、情報の発信者と受け手など、両極端なものが同時に存在する彼の作品からは、「懐かしい未来」を感じます。

インドはIT大国として世界を席巻していますが、一方で停電は日常茶飯事、市井の人々の暮らしは至ってアナログ中心の生活です。例えばコチの街中では、日本で当たり前の自動販売機によるチケット販売や物販などが、ほとんど人力によるものでした。こうした風土も関係するのか、子どもから大人まで大勢の地元民らしき観客が歓声を上げながらクワクボ作品を楽しむ姿がみられました。

今回出展した作品は「LOST #12」。光源つきの鉄道模型が、暗い部屋の中、一見アトランダムに床に並べたインドの洗濯バサミやザルなど日用雑貨の間をゆっくり巡りながら、幻想的な光と影を次々と映し出します。光の動きに合わせ、街並や自然の風景のようなランドスケープが、暗がりの壁や床、天井にモノトーンの世界を展開します。なにげなく置かれている見慣れた日用品と、影絵が作り出す幻想的な光景のギャップがなんとも魅力的です。

特に、キッチンで使うザルの中に鉄道模型が進み、網状の影が部屋全体を覆うシーンでは、視覚的な没入感が不思議と心地よく、何度でも見たくなります。ハイテクとローテクの調和が、まさに今日のインドにぴったりな作品です。

夢の記録、レンガの記憶。

(写真上)
今後の活躍が期待されるウンニクリシュナン・C氏。自作の前で。
(写真下)
Francesco Clemente(フランチェスコ・クレメンテ)氏の「Pepper Tent/2014」Courtesy:The artist
クレメンテ氏はペッパーハウス(大航海時代の胡椒倉庫として使用されていた古い建物)で、インド製テントにペインティングした大作を発表した。ニューペインティングと呼ばれる自由な表現で世界的評価が高い画家。1952年イタリア・ナポリ生まれ。

今回注目すべき作家は、地元出身22歳で最年少のウンニクリシュナン・C氏。大学の卒業制作が芸術監督の目に留まり、その作品をもとに出展しました。彼の実家は南インドの農村部によくみられる、レンガを積み上げた簡素な家。そのレンガに、子どもの頃から直接絵を描いていたそうです。

今でも炊事の火力は炭に頼っている、という彼の実家周辺で信じられている迷信や、自分の身の回りの物事や夢日記を描いた素朴な作風が、一般の観客の人気を博しました。

また、アート関係者の間でも話題となり、アラブ首長国連邦で開催する展覧会「シャルジャ・ビエンナーレ」にも大抜擢。作家本人はつぶらな瞳の青年で、生まれて初めて海外へいくためにパスポートを取得したことを、はにかみながら話してくれました。まさに、期待の新人、シンデレラボーイの誕生です。

ローカルを発掘する愉しみ。2017に続く試み

(写真上)旧市街の会場、ペッパーハウスのテラスカフェでは、100%ナチュラルなミントジュースが渇きを癒してくれる。
(写真下)水郷地帯アレッピィに沈む夕日。ビエンナーレから足を延ばせば、伝統様式の船をチャーターし、近隣を散策することができる。

デリー在住でインドの現代アートに詳しい黒岩朋子さんに話を伺いました。「2012年の初回は、世界的に評価の高い作家が参加すると同時に、まだ知られていない国内の優れた作家が選定されました。ここコチでしか観るとこができない作品が一同に介し、2回目の今回はさらに進化しました。また、初回は鑑賞するためのインフラが間に合わず大混乱を招きましたが、今回は運営面が抜本的に改善されました。街中でもビエンナーレが契機となってホテルやレストラン、ショップが軒並みレベルアップしています」

また、教育普及にも積極的で、キュレーターよる週替わりの映像プログラムや、子どもや学生のためのビエンナーレのほか、公式非公式かかわらず、イベントが目白押し。さらにメイン会場に救急車で待機している公式ドクターが、自主的に作品を制作し、キャプション付きで会場内に設置しているという、世界でも例をみない盛り上がりようです。

2回目の開催にもかかわらず、街を歩けば誰もがビエンナーレを知っている、アート業界では奇跡に近い状況に。3回目となる2017年は、作品だけでなく、鑑賞環境や旅先としてもさらに期待ができそうです。

コチの2月は晴天続きで、暑くもカラッとした空気にアラビア海からの心地よい風が吹きます。アートの刺激と艶やかな色彩に包まれる街は動植物の活気に溢れ、田舎は穏やかな安らぎがあり、新鮮な食べ物と珍しいスパイスで身も心も満たされます。

ビエンナーレの旅のおまけはコチを離れ、水郷地帯アレッピイで、伝統的な様式の船を一艘貸し切り、1泊2日のクルーズを楽しみました。さらに築140年の庄屋を改装したファーマーズホテルで過ごし、夢のようなケーララ州での10日間は、私の記憶の底にゆっくり沈んでいきました。

※「ART×大人の嗜み」次回は、第56回ヴェネチア・ビエンナーレをレポートします。6月をお楽しみに。

テーマ「Whorled Explorations」とは?

直訳すると「渦巻きの探検」。螺旋や渦巻きを現すWhorled(世界を意味するworldとは発音が同じ)と、探検や探求を意味するExplorations(大航海という意味も含む)から構成されている。このテーマの起点となるのは、直接は関係ないものの、14世紀から17世紀に起こった、交差する二つの歴史的な出来事だ。

ケーララ州は大航海時代の主要な交易都市であり、中世以降のインド数学に貢献した数学や天文学の分野でケーララ派が誕生するなど、学術的・歴史的に重要な役割を果たした。ビエンナーレを、この土地に一時的に組み立てられた展望台に見立て、歴史や地理、宇宙、時間、空間、幻想、神話などを参照した世界地図を描く試みとした。

作品には伝説的な大航海時代のさまざまなキーワードが宿っている。