厳しい叱責に、現場で涙を流したこともあった。けれど、上司からのある言葉で心に決めた。「もう、絶対に泣かない」と。

1機1機に思い入れがある

全日本空輸 部品事業室 新井貴子さん

彼女が整備士として働く中で得たのは、それぞれの担当部署のチームワークが発揮されて初めて、飛行機の安全は担保されるのだという確信だった。油にまみれながら「どろどろになって和気あいあい」と働き、失敗や不安を隠さず、互いの疑問点を共有しながら進められる業務。期日までにひとつひとつのチェックを終え、仕上げられた機体がけん引車に引かれてドックを出ていくとき、いつも「無事に送り出せた……」という感動を胸に抱いた。

「私はボーイング767と777を担当していたのですが、1機1機に思い入れがありますね。どの整備士も機体の複雑な基盤の1個1個を覚えていて、一目見れば過去の仕事を思い出せるはずです。そこには各自にとっての思い出深いストーリーがありますから」

巨大なシステムである機体を、整備士全員の力で維持する一体感。それはもともとヘリコプターの輸送会社から始まった全日空のベンチャー精神に触れられる職場でもあったと彼女は感じている。

整備部の電装整備課に女性が配属されたのは、同社の歴史の中で新井さんが初めてのことだった。「男女というのは個性の1つ。そこにこだわったことはないですね」といまでこそ言うが、最初は紅一点の職場で働くことに慣れていく必要があったのも事実だ。

「周囲の人たちは男女の区別なく仕事をしていても、新入社員の頃は私自身が力んでしまったこともあって」

例えば、ワイヤのコネクターを抜くにはコツがいる。しかし、同期の男性整備士が楽々とコネクターを処理しているのを見て、「私の腕力が足りないんじゃないか」と力任せに扱って壊してしまったことがあった。

「自分だけ上手にできないと、そんなふうに勘違いしてしまうことも多くて。教官に『力んではダメだ。練習をしてコツをつかめば力は必要ない』と教えられ、練習に励んだことも1度や2度ではありません」

油まみれになりながらみんなで整備した機体がドックから出ていくのを見送るときは、「感無量」。

あるいは、こんなこともあった。整備士の職場は今も昔も職人気質で、怒鳴り声が飛ぶことも多い。厳しく怒られ、ふがいなさに思わず涙を見せてしまう瞬間もあった。すると上司は言うのだった。

「泣くな! 泣いたら女だからと思われるし、『あいつは泣くから』と何も言ってもらえなくなる。それは君にとってマイナスにしかならない」

以来、彼女は仕事中に人前で涙を見せることは一切なくなったという。

「ありがたい言葉だったなと思います。振り返れば、当時は女性整備士が少なかった中で、女であることを意識する必要のない人間に育ててやろう、という先輩たちの気風をすごく感じました。そのフォローのおかげで努力することができたんだな、って」

いま、子育てをしながら装備品生産業務部で働く彼女の仕事は、機体の部品の信頼性管理というものだ。各部品を分析して不具合や課題を見つけ出し、メーカーに対して改善点を伝えるのが主な業務である。航空機に使用される機器の情報を「現場」からフィードバックし、より良いものに変えるという意味でも重要な仕事だ。

この部署にいると、彼女は整備士としての経験が活かされていると感じる。航空機の「現場」がさまざまな人々に支えられていることを知り、それが「自分自身が今度はその1人となった大きな使命感」につながるからだ。

Holiday Shot!
夫婦ともに旅行が大好き。最近は、旅行はキャンプでというスタイルが定着している。子どもが小さいため、ホテルなどに泊まるのは気を使うからと、キャンプ道具一式をそろえたのがきっかけだ。左は、オーストラリアでのキャンプ旅行。右は、今年の夏休みに長野→富山→岐阜→伊勢→名古屋→東京のキャンプ場を移動しながら約1000kmを1週間かけて旅行したときの写真。友人家族と一緒にでかけて夏を満喫した。

「異動や育児で職場が変わったときは、これまで積み重ねてきた経験をまたゼロから積むのか、と誰もが悔しい気持ちにもなるでしょう。私も最初、現場を離れたときはそんな思いも抱きました。でも――」と彼女は言った。

いまでは現在の仕事が整備士としての5年間と確かに連なり、どれもが巨大な機体を動かすために欠けてはならない役割を果たしていることを、実感として理解できるようになった。それは「いつかは技術部のリーダーになりたい」と語る彼女にとって、働くことのやりがいを抱かせてくれる実感だ。

「どんな職場にいても、仕事の知識というのは知れば知るほど楽しくなる。全力で取り組もうとするからこそ、今までは気付かなかった原石をたくさん見つけることができる。それは子育てでも仕事でも同じだなぁ、と結局は思うんですよ」

■新井さんの24時間に密着!

5:00~5:30 就寝
5:30~6:00 朝食の準備
6:00~6:30 朝食
6:30~7:00 登園準備(保育園で必要なものを準備し、荷づくり)

7:00~7:30 保育園へ送る
7:30~9:00 通勤

9:00~12:00 勤務(担当している品目の不具合状況を整備士と確認)

12:00~13:00 昼食・休憩

13:00~15:00 勤務(時短勤務なので、集中して仕事に臨む)
15:00~17:00 帰宅
17:00~18:00 明日の準備、子どものお迎え(いったん帰宅してから自転車でお迎えに)

18:00~19:00 家事・夕食準備
19:00~19:30 夕食
19:30~20:30 子どもとの時間
20:30~21:00 風呂
21:00~21:30 寝かしつけ

21:30~22:30 家事・自分の時間(自分の時間で、息子の連絡帳を記入)

22:30~5:00 就寝

 

 

全日本空輸 整備センター 部品事業室装備品生産業務部 生産技術チーム 新井貴子
1981年、東京都出身。芝浦工業大学工学部を卒業後、2004年、全日空に総合職技術職として入社。ドック整備を経験後、技術部客室チームで2年勤務し、産休を取得。現在は部品事業室にて活躍。育休から復帰後は時短で勤務している。