国際的なビジネスシーンで、アートは常に注目されています。21世紀、経済と文化の関係は深みを増し、“嗜みとしてのアート”の知識が日本のビジネスパーソンにも求められる時代になりました。ゼロから学ぶのは大変ですが、知っていると仕事も人生も豊かになる、そんなアートの現場を紹介します。
「コチ=ムジリス・ビエンナーレ」の誕生と軌跡
今回の舞台は、インド南西部に位置しアラビア海に面した温暖な気候のケーララ州。識字率99%、国内での乳児死亡率最低レベルを誇り、インドの伝統的医学、アーユルヴェーダの中心地として有名です。
州内最大の都市であるコチは、大航海時代に胡椒など香料貿易で栄えた港町。現在でも魚や肉、野菜や果物にハーブなど食生活が豊かなこの街を、2015年2月、第2回ビエンナーレの開催に合わせ訪れました。
古くから世界に向けて開かれたこの地に、国際芸術祭「コチ=ムジリス・ビエンナーレ」が誕生したのは2012年。2人の中堅インド人アーティストが中心となり、自治体や企業から費用を募り、国内の作家やアート業界の人々が手弁当で立ち上げました。毎回インド人芸術監督がテーマを掲げ、作家や作品、会場や会期を選定します。
2回目の開催となる今回は、インド人アーティストのジュティーシュ・カラト氏が芸術監督に就任。「Whorled Explorations」(文末参照)のテーマのもと2014年12月12日から2015年3月29日まで開催されました。8カ所の会場で30の国/地域から94名の作家が参加した、大規模な芸術祭です。私が訪れた日は、立ち上げの立役者であり初回の芸術監督で現ビエンナーレ財団ディレクター、ボース・クリシュナマチャリ氏が入り口で迎えてくれました。
轟音と渦。水がつくる不思議な現象
ビエンナーレの見所の一つに、歴史的建造物をほぼそのまま会場として使っていることがあげられます。海岸沿いの広大なメイン会場からは、1階、2階ともに窓から海が一望に。多くの作品も、こうした環境に呼応するように制作、インスタレーションされていました。
MoMAで個展を開いたインド出身の大御所作家、アニッシュ・カプーア氏は、轟音を響かせながら水が高速で延々と渦巻くダイナミックな新作を、海に向かって扉が開け放たれた空間に展示しました。見つめていると、今回のテーマを立体化したような大迫力の渦巻く波の中に引き込まれそうに。光の加減で漆黒にもみえる水中から、何か出没しそうな不穏な気配も漂います。そして単純ながらやけに大仰な装置がちょっとした笑いを誘うなど、彼の作品は単純な形態ながら、見る側の感覚を静かに揺さぶり続けます。
今回は床に直接3メートルの幅と深さの穴を掘り、海から引き込んだ4トンの海水を一定のリズムで回転させるシステムを作り上げています。数々の彫刻作品で知られている作家自身はメディアの取材に対し、「彫刻ではなく、不思議な現象をつくりたかった」と語りました。
ビエンナーレ公式のメイキング映像には、ちょっと面白い制作の裏側が紹介されています。https://www.youtube.com/watch?v=OpBgGSE-FsE
直訳すると「渦巻きの探検」。螺旋や渦巻きを現すWhorled(世界を意味するworldとは発音が同じ)と、探検や探求を意味するExplorations(大航海という意味も含む)から構成されている。このテーマの起点となるのは、直接は関係ないものの、14世紀から17世紀に起こった、交差する2つの歴史的な出来事だ。
ケーララ州は大航海時代の主要な交易都市であり、中世以降のインド数学に貢献した数学や天文学の分野でケーララ派が誕生するなど、学術的・歴史的に重要な役割を果たした。ビエンナーレを、この土地に一時的に組み立てられた展望台に見立て、歴史や地理、宇宙、時間、空間、幻想、神話などを参照した世界地図を描く試みとした。
作品には伝説的な大航海時代のさまざまなキーワードが宿っている。