多くの女性が心身に悩みを抱えたまま、それらを我慢して働いている。しかし自分の体を理解することで、つらい症状をある程度コントロールすることができる。まずは自分の体を知ることからはじめてみよう。
対馬ルリ子先生
対馬ルリ子 女性ライフクリニック銀座・新宿 院長
産婦人科医・医学博士。1984年、弘前大学医学部卒業後、東京大学医学部産科婦人科学教室助手、都立墨東病院周産期センター産婦人科医長などを経て、2002年に「ウィミンズ・ウェルネス銀座クリニック」を開院、院長を務める。NPO法人「女性医療ネットワーク」を設立するなど、女性の生涯にわたる健康のために、さまざまな活動を行っている。
男性に比べて不定愁訴が多いのは体を守るためのしくみ
大切なプレゼンの前に限って頭痛がひどくなったり、生理前に気持ちが不安定になったり……。こんな症状に悩まされている働く女性は少なくない。なかには、それが理由で仕事のパフォーマンスが下がったり、「仕事を続けられないかも」と悩むほどになっていたりする深刻なケースも。女性特有のイライラや不調とうまく付き合うすべはないのだろうか。
女性専門のクリニックで多くのワーキングウーマンの相談に応える対馬ルリ子先生は「女性はホルモン周期にメンタルや体調が左右されやすいという特性があります。それは『やる気』や『根性』といった問題ではありません。きちんと体に合った対処、治療を行えば、体調をコントロールすることは可能なのです」と話す。
そもそも女性は、男性に比べて不定愁訴を感じやすい傾向にある。しかもその症状は、頭痛、肩こり、不眠、イライラ、落ち込み、月経不順、PMS(月経前症候群)、月経痛など、実にさまざまだ。
「どの世代でも男性に比べて2~3倍は不定愁訴が多いですね。なぜ女性のほうが不調に陥りやすいのかといえば、“産む性”であることが大きな要因です。女性は、自分の体や生殖能力を守るための機能が発達しており、少しの不調でも気づくような仕組みになっているんです」
しかし、そんな女性の不定愁訴を受け入れる診療科は多くない。日本の医療は専門臓器医療が中心で、「循環器科」「消化器内科」など、わかりやすく分類されているが、頭痛やのぼせ、落ち込みなど多岐にわたる女性の不定愁訴に応えるには不十分だ。
「そうしたなかで、やはり大切なのは自身の不調を客観的に見つめることでしょう。下に不調の主なタイプをあげましたが、それぞれに適切な対応があります。また毎年の健康診断の結果なども、単に基準値の範囲内だから大丈夫というのではなく、具体的な数値にも目を向けてほしいですね。私たちのクリニックに来院される方には、健診の結果表を持ってきてもらい、医師と一緒に確認するようにしています」
基礎体温をつけることとファミリードクターを見つけることが第一歩
対馬先生は、性差医療の第一人者であり、男女の体の違いを踏まえたうえで「女性の不調にどう対応するのか」を考える医療を実践している。そこで、女性の体の特性について、少し詳しく説明していただこう。
「女性の体が男性ともっとも異なるのは、排卵月経周期があり、その周期によって体調に変動が出るということです。女性ホルモンは2種類あって、脳の集中力や記憶力を高めたり、精神を高揚させるエストロゲンと、体調や気分を不安定にさせるプロゲステロンが、周期的に出てきます。エストロゲンの分泌期(月経から排卵まで)は働きやすいのですが、プロゲステロンの分泌期(排卵から月経まで)は、不調やストレスを感じやすくなるので、仕事にも支障が出がちです」
しかし、自分のホルモン周期をきちんと把握して、どんな不調が現れやすいのかを自覚すれば、コントロールすることも可能だという。
「まずは、基礎体温をつけること。いまは便利な体温計も出ていますから簡単です。自身の体の周期を知るには手軽な方法でしょう。そして、いいファミリードクターを見つけること。これができれば安心です」
欧米では若いうちからファミリードクターをもつ習慣が定着しており、患者の体質や弱点などをきちんと把握したうえで、女性の不定愁訴についても適切なアドバイスや治療をしてくれる。しかし日本では、こうした仕組みがあまり浸透しておらず、「女性外来」もなかなか普及していないため、自分に合った医者を探すのは簡単ではないかもしれない。
「日本産科婦人科学会が女性のヘルスケアアドバイザーの育成なども始めているので、今後は状況が改善していくでしょう。ぜひ信頼できる相談相手を見つけて、会社の定期健診の結果なども積極的にフィードバックしてほしいですね。そうすれば、それが病気の早期発見にもつながります。また、ホルモンバランスが原因の体調不良については、例えば低用量ピルや漢方薬などの服用で、ある程度は症状を軽減することができます。低用量ピルにはエストロゲンとプロゲステロンが配合されており、避妊だけでなく、ホルモンバランスを整える効果がありますから」
そして最後に、対馬先生は次のように加えた。
「いまの日本は男性中心にシステム設計されていて、女性にとって、『健康を守りながら快適に働く』というのは、まだハードルが高いかもしれません。しかし女性が自身の体を理解し、どのようにすれば働きやすくなり、また産みやすくなるのかを考え、それを発信することが第一歩なのです。男性も女性の特性が理解できれば、お互いに協力し、働きやすい環境をつくっていけるはずです」
タイプ別「女性の不調」
●粘膜ヨワヨワタイプ
粘膜が弱くなることで、目、鼻、のど、口、膣、膀胱などに不調を感じる。目がゴロゴロしたり、口がネバネバしたり、鼻が乾いたりする症状から始まる人が多い。粘膜だけでなく、皮膚が乾燥して、かゆくなったりする人も。
●心イライラタイプ
心や情動、情緒の症状が強く出るタイプ。以前はなんなく乗り越えられたことが、わずらわしくて耐えられなくなってしまう。イライラが強い人、つまらないことにこだわる人、落ち込みが激しい人など、現れ方や症状は人それぞれ。
●関節イタイタタイプ
女性ホルモンが低下すると、筋肉が弱くなる。またコラーゲンが減って、骨を支える関節の軟骨が弱くなるため、関節が痛くなる。最初は関節がゴキゴキ、ボキボキ。朝起きると関節がこわばり、かかとが痛くなることなどから始まる。
●むくみプヨプヨタイプ
新陳代謝や血流が悪くなることから、体内に代謝されない大量の水が、本来必要としないところにたまってしまう。これが、むくみや冷えを引き起こす。アレルギー性鼻炎がひどくなったり、耳鳴りやめまいの症状が出ることも。
●自律神経ドキドキタイプ
ドキドキする、体温調節が下手になる、急に暑くなったり寒くなったりする……。そのほか、下痢、便秘、めまい、立ちくらみ、胃腸不全などの症状も。心臓発作のような激しいドキドキが急にきて、恐怖感を覚える人もいる。
●中枢神経ボーッとタイプ
頭がボーッとする。頭に膜がかかったようになる。もの忘れしやすい。すぐ眠くなる。疲れてくると話がまとまらない。脳の機能が低下することで起こる。交感神経と副交感神経のバランスが崩れ、集中力がなくなってしまう。
『プレ更年期からの女性ホルモン塾』(対馬ルリ子、吉川千明 共著)をもとに作成