いま仕事は楽しいけれど、これからまだ人生長いし、いつまで働き続けるのかな……そう悩んでいる人も多いはず。ロンドン・ビジネススクールの教授で、世界規模で未来の働き方を研究されているリンダ・グラットンさんに、これからの働き方についてお話を伺いました。
――初めまして、リンダさん。女性が働き続けるのは大変ですよね……。20代、30代の女性がキャリアを築くには、どうしたらいいのでしょう?
初めまして。「プレジデント・ウーマン」第1号に登場できて光栄です。
女性が働き続けることの大変さは、日本に限ったことではなく、世界中の女性にとっての課題です。でも、女性の労働力が評価されている国は多くあり、女性が長く働き続けることが当然。この状況を変えるには、「女性は重要な労働力なんだ」と、日本の女性と企業の両方が認識することが大切です。
仕事に対する姿勢を自分たちから変えるのです。世界中の多くの女性はフルタイムで働き続けることを楽しんでいるのですから、諦めてはいけません。
同時に、日本の男性の考え方を変えることも重要。子どもがいてもいなくても、男性が家事を分担すれば、女性が働きやすくなることは世界でも周知の事実です。ヨーロッパでは、家事は男女半々という家庭が多いですが、統計を見ると日本人男性の家事負担はわずかです。企業は、男性と女性両方が働きやすい職場を提供すべきなのです。
――でも、日本では長時間労働が当然の慣習として残っています。これは、改善できるのでしょうか?
それは、女性だけではなく日本全体で仕事のやり方を変えなくてはいけません。夜中の12時まで働く必要はないのです。私はさまざまな国の働き方を調査してきましたが、日本では会社に残ることが重要視される傾向がデータにも表れています。しかし、それは変わるべきときが来たのです。
長時間労働は馬鹿げています。長時間労働=高い生産性という証拠は、ありません。単に、あしき習慣なのです。
イギリスでも働く母親が、子どもが寝てから家で仕事をすることはあります。でも、会社に残ることはしないのです。会社も午後5時や6時に会議をいれてはいけない。私は日本企業の経営者への講演も多くやっていますから、女性のためにも男性のためにも講演時に繰り返し訴えることを誓います。「5時以降に会議をしないこと!(笑)」
日本では長年、父親が長時間労働で不在の家庭モデルでうまくやってきたのかもしれませんが、そろそろそのモデルを変えなければなりません。男性の姿勢を、あるいは企業を、そしてリーダーを変えるのです。5時以降に会議をしない、というのはその一歩です。
――男性の姿勢、企業、そして社会に変化を起こすためには、どうしたらいいのでしょう。
女性自身が要求していかなければ、何も変わりません。社会全体で働き方を変えていくには、4つの鍵を動かす必要があります。「政府」「企業」「女性」、そして「男性」です。
政府と企業が社会を変えたいと思い、制度や方針を変えて動くことはもちろんですが、女性も強い気持ちを持って求めていくことが必要です。
そして、男性も変化を求めていかなければなりません。なぜ他の先進国で変化が起きたかというと、男性がもっと子どもと一緒にいる時間が欲しいと声を上げたことが理由の一つです。日本人男性のことはあまりよくわかりませんが、男性も長時間労働は反対でしょうし、女性の活躍を歓迎する男性も多くいます。
女性たちも彼らの声を聞いて協力していかなければいけません。この4つが動けば、日本でも変化が生まれていくはずです。
――企業、また社会を変えるには時間がかかると思いますが、今私たちが取り組めることはあるのでしょうか?
企業はなかなか動きません。企業は常に人より動きが遅いのです。もし企業が動くのを待っていたら、時間だけがムダにすぎてしまいます。
私がおすすめするのは、女性コミュニティーや、ネットワークの形成です。アメリカやイギリスの例で言えば、社会に変化をもたらすのに女性同士のネットワークが重要な役割を果たしました。ネットワーキングはキャリアに直結するわけではありませんが、多くの支援をもたらしてくれます。女性がお互いを支援するために、自分たちをネットワークでつなぐことは大切です。
そして、もう一つ、欧米の例で大きな影響を与えたのが、しかるべき地位にある男性からのアドバイス。アメリカやイギリスで最も成功した取り組みは、管理職クラスの男性が、他社の女性管理職の指導者・助言者となるメンター制度です。これは、かなり女性管理職を育てるとともに、社会全体を変えるのに重要な役割を果たしました。
――現状では長時間労働などがネックになり、約6割の女性が出産後に退職し、その後、仕事に復帰しません。
女性が仕事を辞めて復帰しないのにはさまざまな理由があります。その問題の多くを改善するには、政府が大きな役割を担えるのです。
例えば、スウェーデンでは女性は必ず仕事復帰をします。政府がチャイルドケアの無償提供を徹底し、保育園の空きを確保します。安心できる保育園に預けて働くことは悪いことではなく、いたって当たり前のことなのです。
イギリスで、出産後に職場復帰する女性が多いのは家事や子育てを男性も負担していることと、男性がそうできる残業のない労働環境があるからです。私が若かった頃はイギリスも今の日本と同じような状況でした。労働時間も長く、女性の管理職もいなかった。でも、こうして変わってきたのです。
やり方は一つではありません。日本人は日本に合ったやり方を見つけていかなければいけません。
――結婚や出産などのライフイベントは、キャリアの障害になりませんか?
確かに女性が、子ども、夫、そして責任の重い仕事を持つことは、非常に大変なことです。自分の経験からもよくわかります。
子どもが欲しい場合、早く産むか、キャリアを形成してから遅く産むかという選択肢をよくいわれます。これには正解はありません。私は遅くに産んだので、出産前にキャリアを築いていました。キャリアの途中で辞めたり、休職したりしたことはありませんでしたが、私の年代で成功している女性はそうするしかなかった人が多いのです。私の場合も、子どもがまだ小さかったころは、収入がほとんどベビーシッター代に消えていきました。その代わり、子どもが家にいるときは、必ず大人も家にいて子どもたちだけにならないようにしましたし、子どもたちもある程度の年齢になると母親のキャリアの成功を喜んでくれました。
もちろん当時は小さな子どもがいて、自分が寝る時間はほとんどありませんでした。子どもを寝かしつけてから仕事もしました。しかし、子育ては5年もすると少し落ち着き、15年たつと親をそれほど必要としなくなります。でも、女性は仕事を一度辞めてしまうと、再就職をするのは非常に大変です。だからこそ、私は常に、女性たちには働き続けるように励ましています。
また、本来であれば、女性は仕事を選択する際に、出産後に仕事復帰がしやすい職種や職場を考えるのも大事でしょうね。夫をどう選ぶかも含め、女性は男性よりはるかに多くの人生の選択をしなくてはなりません。辞めても復帰できる仕事かどうか、自分が就く職業と会社を慎重に選ぶ必要があります。女性は若いうちからの人生設計が求められてとても大変ですが、でも、それが賢いやり方でしょう。
――リンダさんご自身は、お子さんたちに働き続けることをどのように説明していたのでしょうか?
子どもが小さい頃から、働いているところをよく見せました。小さいときは職場に連れていき、私の同僚に会わせることもありました。働いている姿を見せることはとても大事だと思います。どんな仕事をしているかもよく話しました。
ビジネスに興味を持ち始めたときには、気に入りそうな本を与えたりエコノミスト紙やフィナンシャルタイムズ紙の記事について話し合ったりしました。働く母親だからできることも多くあります。子どもたちは、私が常に子どもの後を追って監視するような母親じゃなくて良かったと言っています。自分たちに多少の主体性や独立心を与えてくれる母親で良かったと。
だから、女性は胸を張って働き続けるべきだし、そのことを家族に理解してもらうことを諦めてはいけません。
――リンダさんには、ロールモデルとなる女性はいたのでしょうか?
私は、ロンドン・ビジネススクールで初めての女性教授でした。当時は、イギリスでも少し前の日本と同じような状況で、管理職の女性は皆無に等しかった。女性のロールモデルもなく、男性社会の中で手探りで進んできたのです。ですから、私自身が女性のキャリアパスを開拓してきたパイオニア(開拓者)世代の一人です。
しかし、非常に少なかったですが、同じように男性社会に入って少しずつ変えていく“常識を覆す女性”が何人かいたことも励みになりました。誰か一人がということではなく、そうしたさまざまな場面で見聞きする女性たちが、私にとってのロールモデルだったんですね。
でも、今の欧米の若い女性たちも、また新たな時代のパイオニアなのです。日本もこれから変われるはずです。時代によってさまざまな困難が立ちはだかりますが、みんなそれぞれの時代のパイオニアなのです。日本の女性たちは、自分たちがパイオニア世代だと気づく必要があります。
今こそ変えるときが来たのです。日本の女性たちは、これまでの働きにくかった状況を突破する準備がすでにできているように感じますよ。
世界でも最高位とされるロンドン・ビジネススクールの教授を務めるリンダ・グラットンさんは、人材論、経営論の世界的権威で、「経営学界のアカデミー賞」とも呼ばれる「Thinkers50ランキング」のトップ14に選ばれています。フィナンシャルタイムズ紙では「今後10年で未来に最もインパクトを与えるビジネス理論家」ともいわれました。これまで7冊の本を執筆していますが、日本では初となる著書『ワーク・シフト』を2012年に出版。「今と同じ働き方のままでは、近い未来に孤独で貧困な人生が待ち受けている」という衝撃の研究結果は話題となり、13年度ビジネス書大賞を受賞しました。14年8月に、日本で2冊目となる『未来企業』を出版。企業は個人と社会のレジリエンスを高めるために何ができるかを論じています。