カウンセラー不足で予約が取れない

昨年4月に遺伝カウンセリングの臨床研究として開始された「新型出生前検査(NIPT)」が、NIPTコンソーシアムから日本遺伝カウンセリング学会で集計結果を報告されて節目を迎えた。NIPTは、高齢出産で増加する胎児のダウン症(21トリソミー)、18トリソミー、13トリソミーを母体の血液検査だけで調べられる精度の高い検査。日本医師会が認定した施設のみで扱われており、その制限は今後も続くという。

昨春からの1年を振り返ってみると、まず、新型出生前検査(NIPT)を受けたいと思った女性はかなり苦労をしてきた。まず、予約がとれない。NIPTは倫理的配慮から受検前の遺伝カウンセリングが義務付けられたが、カウンセラーの人数が絶対的に少ないのだ。

実施施設が少ないので、一箇所もない都道府県もたくさんある。遺伝カウンセリングは夫婦そろって受けるのが基本なので、遠距離受検をする人は2人分の交通費がかかり、休暇も丸一日とらなければならない。こうした状況のためか、カウンセラーたちからも「心の余裕、時間の余裕がないので十分なカウンセリングができていない」という声が相次いでいる。

しかし、NIPTコンソーシアムの報告によると、遺伝カウンセリングを受けた人へのアンケートでは「遺伝専門家のカウンセリングを受けてよかった」「この検査には遺伝カウンセリングは必須である」とする回答が「強くそう思う」「まあまあそう思う」と答えた人を合わせて9割を占めた。受けられた人の満足度は、低くはなかった。

異常が確定した人の大半は、中絶を選択

NIPTは、データを公開したことでも注目された。特に「染色体異常が確定した人の大半が人工妊娠中絶を選んでいる」という事実は衝撃を呼んだ。今回の報告でも、集計の対象になった7740件中142例(2%)が陽性という結果を受け取り、110名は陽性が確定して人工妊娠中絶を選んだ。そうしなかった人の多くはその後の羊水検査で疑陽性と判明した人や自然流産をした人などで、染色体異常を受け容れて妊娠継続を決めたのは1名のみだった。

これは、年間約100万人にのぼる日本の妊婦さん全体が「障害があれば産まない」と考えているという意味ではない。日本には障害があっても産みたい人はたくさんいるが、そう考える人は一般的に検査を受けない。

しかし、予約の手間や約20万円という高額な検査料が受けない理由になっている人もいるので、これからNIPTが身近になってくると受ける人は増えるだろう。今の時点で、出生前診断にはこうした重い事実があることが明らかにされたことはよかった。

この新しいタイプの検査が登場する以前から、出生前診断はいろいろな種類がおこなわれてきた。代表的な確定診断の「羊水検査」は、1970年代から国内で実施されてきたが件数などの報告義務はない。妊婦のお腹に針をさして羊水を採取し、浮遊している胎児細胞を調べるこの検査は、0.3%程度の流産リスクがあるものの、ほぼ正確なことがわかる。現場の声によると、陽性とわかった人のほとんどが人工妊娠中絶を決断してきた。

出生前検査全体に認定システムを

東尾理子さんが受けた検査として有名になった「クアトロテスト(母体血清マーカー)」も、比較的多くの施設で長くおこなわれてきたが、やはり正確な実態は不明だ。クアトロテストは母体の血液検査で安全なので一般の妊婦健診の中で情報が提供されることもある。開始当初は、実は精度は低い検査なのに「簡単にダウン症がわかる検査ができた」といったニュアンスで説明されてしまい、ビジネス化した面もあったと言われている。今回、NIPTが慎重に始められた理由のひとつは、関係者の間に「母体血清マーカー検査のと同じことは繰り返せない」という警戒心があったからだ。

国立成育医療研究センターの左合治彦副院長らが2013年に報告した推計値では、全国で羊水検査は約2万件、母体血清マーカー検査は約2万2千件。NIPTが実施された8千例弱については詳細に追求されているが、出生前検査全体に視野を広げると、どこでどのようにおこなわれているのかわからない検査の方がはるかに多い。

出生前診断は赤ちゃんの命に関わることであり、陽性という結果が出れば、その瞬間からそれまで幸せだった夫婦に強烈な苦痛が襲いかかるかもしれない。母体血の検査は簡単なようだが、それで染色体異常がある可能性が高いと言われた女性たちは、その時のつらさを振り返って「地獄だった」「もう二度と味わいたくない」と言う。擬陽性があるので確定するには羊水検査もしくは絨毛検査が必要になるが、その決定や、検査結果が出るまでの時間がとてもつらいと言う。

NIPT予約で苦労する人は大変だと思うが、出生前診断には、やはり規制や透明性が必要だ。早く遺伝カウンセリングの問題を解決し、出生前検査全体が社会から見えるものになってほしい。

河合 蘭(かわい・らん)
出産、不妊治療、新生児医療の現場を取材してきた出産専門のジャーナリスト。自身は2児を20代出産したのち末子を37歳で高齢出産。国立大学法人東京医科歯科大学、聖路加看護大学大学院、日本赤十字社助産師学校非常勤講師。著書に『卵子老化の真実』(文春新書)、『安全なお産、安心なお産-「つながり」で築く、壊れない医療』、『助産師と産む-病院でも、助産院でも、自宅でも』 (共に岩波書店)、『未妊-「産む」と決められない』(NHK出版生活人新書)など。 http://www.kawairan.com