ロケット界の「軽トラ」を目指す

JAXA 宇宙輸送ミッション本部 イプシロンロケットプロジェクトチーム 開発員 南海音子さん

私が一貫して携わってきたのは、ロケットに搭載する電気系統システムの開発です。

ロケットにおける電気系統システムというのは、例えばイプシロンロケットでは主に4つの系統に分かれています。

まずは誘導制御系。これは打ち上げの際のロケットの舵を操作するシステムです。イプシロンは固体燃料、つまり火薬です。ただ火を点けただけではロケットも花火と同じ。それを燃料の切り離しなどのイベントをこなしながら、目標の軌道に向かわせるようにする役割を担っています。

次に地上に対してロケットの位置や温度、振動などのデータを伝える計測通信系、それから電力を供給する電力電装系。そして、最後に搭載点検系という最新型であるイプシロンならではの系統があります。

イプシロンロケットの大きな特徴の一つに――私たちは「モバイル管制」と呼んでいるのですが――ロケットの打ち上げ管制を小規模な設備で行なえることがあります。人工知能機能が搭載されたロケット自らが機体のデータを集約し、機器の正常性監視などを自動で行なうんです。

H-IIAが機体を外に出してから打ち上げまでにほぼ一昼夜かかるのに対して、固体燃料のイプシロンはわずか3時間。管制に必要な設備も小規模なものですから、今までにない手軽なロケットということになります。大学の研究室が作った小さな衛星などを、安い費用で手頃に打ち上げられるロケット界の「軽トラ」みたいな存在になることを目指しているんですね。

ご存知の方も多いと思いますが、イプシロンは一度の延期を経た昨年の9月14日、鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所で試験機の打ち上げが行なわれました。

イプシロンの開発は私にとって、初めて電子系統システムの全体を統括することになった仕事でした。打ち上げまでに残された時間も少なく、内示があったときは「うわ……」と言葉もなかったです。

長いものにまかれながら、うまくやっていく

新しいものを作るときは、何もお手本がない状態から自分であらゆることを考える必要がありますよね。実際に自分の考えがそれで良いのかを過去に照らして確かめることができないので、手さぐりで仕事を進めていくことになります。作ったものが審査にかけられ、一つひとつを審査員に説明し、説得し、了解を得るという積み重ねが大変でした。

ロケットの開発は本当に体力勝負のところがあって、それこそ打ち上げが近づいてくるとメーカーさんの試験場に何度も通い、発見された不具合を直すために徹夜が続くこともあります。

入社したての頃に先輩から「力を入れ過ぎるな」「長いものにまかれながら上手に泳ぐんだよ」と言われたことがあるのですが、打ち上げを何度か経験するうちに、全くその通りだなと思うようになりました。どんなに忙しくて追い詰められていても、気持ちの上ではどこかで力を抜いている。その感じをつかむのが仕事をうまく続けていくコツなのかもしれません。

そんななか、やっぱりこの仕事の一番の醍醐味は打ち上げの瞬間ですね。

ロケットの機体が内之浦に運ばれると、その後は組み立てと点検のために私たちもほとんどの時間を現地で過ごすことになります。イプシロンの場合は初の試みだったので関係者も多く、地元の民宿や隣街のビジネスホテルがほとんどJAXAやメーカーさんのスタッフで埋まっていました。6月頃から3カ月間、私も民宿に泊まって観測所に通いました。まるで合宿のような雰囲気です。

エンジニアは打ち上げの当日になると、ECCという管制室に缶詰になります。直前はみな緊張して寡黙。エンジンに火が点くともう後戻りはできません。轟音がECCに届き、パソコンのモニターでロケットが飛んでいく様子を見守りました。目標の軌道に衛星を投入すれば仕事は一段落、というわけです。

子どもの頃から持ち続ける「夢」

ただ、一つ残念なのは、そんなふうにロケットの開発をする私たちエンジニアは、実際の打ち上げの様子を外で見ることができないことです。ECCには窓が一応あるけれど、打ち上げ台の方角は見えません。だから、開発陣の中には自分の携わったロケットの打ち上げを、モニター越しにしか見たことのない人がたくさんいるんです。

打ち上げが終わった時にいつも印象に残るのは、リーダーの顔つきが「ふにゃ」っとなることですね(笑)。打ち上げの日が近づくに連れて、段々と険しくなっていく彼らの表情が、成功すると驚くほど柔らかくなる。それだけ大きなプレッシャーがかかっているんです。

そうして昨年9月の打ち上げが終わり、いまはイプシロンの2号機の開発が始まっています。改良を重ねて、より安価なロケットを作っていくこと。それがプロジェクトチームの目標です。

私自身について言えば、このプロジェクトが一段落したら、将来は人工衛星の開発に携わりたいと考えています。

打ち上げてすぐに結果の出るロケットに対して、人工衛星は軌道に乗った後に様々な実験や観測を行われます。「はやぶさ」プロジェクトでは7年でしたし、一般的な人工衛星でも1機につき5年くらいかかる。そうした長い期間のプロジェクトの一員になれば、宇宙で仕事をしているという実感がより得られると思うんです。

そしてその思いは、子供の頃に夜空を見上げていた時間と、いまもつながっているように感じています。職業になると「夢」というのはだんだんと現実の中に消えていく。だけど「星がきれいだな」というあの気持ちは、今も昔も同じように持ち続けています。

●手放せない仕事道具
PCと陶器のツボ押し。余裕のない日でも、ツボ押しを握ると心が少し落ち着く。

●ストレス発散法
年に一度の海外旅行。世界遺産を見に毎年“逃亡”する。

●好きな言葉 和む

南海音子(みなみ・みねこ)
1976年東京都出身。立命館大学を卒業後、1999年、JAXAの前身である NASDA(宇宙開発事業団)に入社。H-IIA/H-IIBロケットの搭載電子機器の開発に携わる。2012年より現職。