医療費控除の申告で所得税が戻ってくる
昔、隣の課の同僚・聖美さんは産休明けの日、私に言った。
「医療費って、申告すれば病院からお金が戻ってくるんでしょ?」
違うよ、それは……そう、所得税のお話だ。
会社員はいつも給料から所得税を天引きされていて、年末調整をすればそれで納税はおしまい。だから「私、税金のことってわからない」という人が多いけれど、実は所得税には「医療費がたくさんかかった年は税金を安くしましょう」というシステムがある。これが「医療費控除」だ。
2月中旬~3月中旬は確定申告の季節。自営業の人は確定申告するときに、昨年の所得とともに医療費控除を申告して所得税を納める。会社員の場合は医療費控除の申告をすれば、すでに払った所得税の一部が税務署から振り込まれる。決して病院や健康保険から医療費が戻ってくるわけじゃないから、間違えないで!
年間10万円を超えた医療費が対象
もっとも、この医療費控除では支払った医療費がすべて対象になるわけではない。対象になるのは、医療費が年間10万円を超えた額だけ。また、その医療に対して保険金などを受け取ったときは、その金額を差し引かなくてはならない。医療費控除の額の計算式は次のようになる。
(年間に支払った医療費の合計額)
-(保険金などで補てんされる金額)-10万円(※)
※年間所得が200万円未満の人はその5%
この医療費控除の額は、所得税を計算するときに所得から差し引くことができる。差し引いて所得が減れば、所得に税率を掛けて計算する所得税額も安くなる。会社員の場合なら、すでに払った税額より安くなった分が戻ってくる、ということだ。
なお、年間の所得が200万円未満の人は、上の式の10万円を「年間所得×5%」とすることができる。収入が給料だけの場合は、年収が約310万円以下の人があてはまる。年間所得は源泉徴収票の「給与所得控除後の金額」の欄に載っているので、チェックしてみよう。
健康保険の使えない医療費や交通費も申告できる
とはいえ、「年間の医療費が10万円を超えるときって、そうないよね」というのが普通。だが、医療費控除では健康保険の対象にならない費用も申告できる。たとえば健康保険の使えない出産費用も対象になるから、子どもが産まれた家庭は医療費控除を申告する絶好のチャンス! また、健康保険適用外の高額な歯科治療費も対象になるし、入院や通院にかかった交通費や薬局で買った治療薬も対象になる。そこで、見落としがちな医療費を挙げてみよう。
<入院・通院>
・入院、通院のための交通費(自家用車のガソリン代、駐車場代は対象外)
・入院時の病院給食費、病院に払ったクリーニング代
・治療に必要な差額ベッド代
・人間ドックの費用、メタボ検診の費用(いずれも異常が見つかって治療した場合)
<妊娠・出産>
・出産時に入院するためのタクシー代
・出産や入院で病院に払った費用、助産師に払った費用
・妊娠中の定期健診や検査の費用、妊婦や新生児の保険指導料
・不妊症治療の費用
<歯や目の治療>
・金など保険が使えない高価な材料を使った治療の費用
・入れ歯の費用、インプラント治療の費用
・かみ合わせを直すための歯列矯正の費用(美容目的の歯列矯正は対象外)
<薬や器具など>
・調剤薬局で買った薬代
・治療のために買った市販薬代(予防目的は対象外)
・医師の指示で買った松葉杖や補聴器など
つまり医療費控除が認められるか否かの判断基準は、ひと言で言えば「治療のために使った費用か否か」ということで、思ったよりも範囲は広い。ただし、予防や美容のための費用は認められないから注意が必要だ。
また、医療費控除はその医療費を実際に負担した人が申告するが、生計が一緒の家族のために払った医療費を申告することもできるので、家族の医療費をかき集めてみよう。共働き家庭の場合なら、収入が多くて所得税率の高い人が申告すれば、戻ってくる金額が増えるので有利だ。
なお、申告の際は医療費の領収書を添付するか提示する必要がある。領収書のない交通費については、日付と金額を記入した一覧表を添付したり家計簿の記録を提示するなど、きちんと説明できるようにしておかなくてはならない。
医療費控除でいくら戻る?
さて、聖美さんが昨年出産したとすれば、医療費控除の申告でいくらぐらい戻ってくるだろう?
聖美さんの昨年の医療費は、病院に払った費用(妊婦健診を含めて)60万円、入院時のタクシー代3000円、その他の医療費7000円で計61万円で、健康保険から出産育児一時金42万円を受け取ったとする。この場合の医療費控除の額は次のとおり。
(医療費)61万円-(出産育児一時金)42万円-10万円=9万円
会社員が出産したときに健康保険から受け取る出産育児一時金は、「保険などで補てんされる金額」として医療費から差し引く。なお、出産手当金は休職中の給料の替わりという位置付けなので、医療費から差し引く必要はない。
聖美さんの家庭では、夫婦の収入を一緒にして生活費や貯金に充てていて、出産費用もそこから支払った。そこで、昨年の年収が聖美さんより多かった夫が医療費控除を申告。夫の所得税率が10%とすれば、戻ってくる金額の目安は9万円×10%で、約9000円だ(所得税のほか所得税×2.1%の復興特別税がプラスされる)。
「なんだ、それだけ……」と思っただろうか? でも、医療費控除を申告すれば住民税も安くなるというメリットがある。住民税は昨年の所得に対して税額が決まり、今年6月の給料から天引きが始まる。住民税の税率は一律10%なので、こちらも年間9000円安くなる計算だ。所得税と住民税合わせて約1万8000円の節税になるなら、見逃す手はないだろう。
申告書はネットで簡単につくれる
でも、税金の申告なんて面倒……という人にぜひお勧めしたいのが、国税庁HPの「確定申告書等作成コーナー」。あらかじめ医療費の明細を出しておき、あとは源泉徴収票を見ながら画面上で申告書に必要な箇所だけ記入していけば、税額が自動計算される。完成したらプリントしてハンコを押せば、申告書として提出できるから便利! このコーナーには会社員が医療費控除を受ける場合の記入見本もあるので、見ながら記入するといい。(http://www.nta.go.jp/tetsuzuki/shinkoku/shotoku/kakutei.htm)
申告は税務署に行かなくても、住居地を管轄する税務署に郵送すればOKだ。それでも「仕事が忙しくて3月15日の申告期限に間に合いそうにない」という人へ朗報。実は、会社員が医療費控除を申告するだけなら、確定申告の期間でなくてもいい。こうした申告は「還付申告」といって、年初から5年間受け付けている。もしこの5年間に申告しなかった年があり、領収書が残っているなら、あきらめずに申告しよう。
医療費がたくさんかかるような事態はいつ起きるかわからない。だから、病院や薬局の領収書をすぐに捨ててはダメ。専用の封筒をつくって入れておき、年末に10万円に満たないことを確認してから捨てる、といった習慣をつくるのがお勧めだ。
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証券系シンクタンク勤務後、専業主婦を経て出版社に再就職。ビジネス書籍や経済誌の編集に携わる。マネー誌「マネープラス」「マネージャパン」編集長を経て独立、フリーでビジネス誌や単行本の編集・執筆を行っている。ファイナンシャルプランナーの資格も持つ。